6月23日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

「御霊による魂の自由」
Ⅱコリント3章6~18節

「主は御霊です。そして、主の御霊がおられるところには自由があります。 私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられていきます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」(17,18節)

 

キリスト者は、自由を与えられるために召されました。キリスト者の自由は、地上のどんな宝よりも価値があります。一度、この「魂の自由」を味わったことがある人は、「それを失うくらいなら、生きる意味がない」とさえ思うでしょう。この「魂の自由」は、罪と死の束縛からの自由であり、キリストの似姿へと変えられて行く自由です。神の慈しみと、愛の中に、永遠のいのちを謳歌して行くのです。誰も、どんな束縛も、この自由を奪うことはできません。ぜひ、この御霊による魂の自由をエンジョイして行きましょう。

☆礼拝の中で、岩渕まことさんが、数曲賛美をしてくださいます。
☆午後のコンサートは、午後2時からです。ぜひ、いらしてください。

 

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6月19日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

「生きててくれてありがとう」
使徒16:16〜34
16:31 二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」
16:32 そして、彼と彼の家にいる者全員に、主のことばを語った。
16:33 看守はその夜、時を移さず二人を引き取り、打ち傷を洗った。そして、彼とその家の者全員が、すぐにバプテスマを受けた。
16:34 それから二人を家に案内して、食事のもてなしをし、神を信じたことを全家族とともに心から喜んだ。

*礼拝メッセージは、伊藤安司伝道師です。
(川嶋牧師は、八王子教会での御用です)

6月23日は、岩渕まこと・由美子父の日コンサートです。
どうぞ、おいでください。

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7月6日(土)午前9時~11時45分 JOYJOYキャンプ

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6月9日(日)午前10時~11時30分 ペンテコステ礼拝

「水と聖霊のバプテスマ」
使徒の働き1章1~9節

4、5節  使徒たちと一緒にいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。ヨハネは水でバプテスマを授けましたが、あなたがたは間もなく、聖霊によるバプテスマを授けられるからです。」
8節 しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」

ペンテコステの日、一緒に集まって祈っていた弟子たちの上に、聖霊が臨まれました。「聖霊」は、天に上って行かれた救い主イエス・キリストに代わって、いつでも、どこでも、私たちの傍らにいてくださる「もうひとりの助け主」(ヨハネ14章)として来てくださいました。クリスチャンは、水のバプテスマ(洗礼)を受けて、罪の赦しを確かなものとし、神の子どもの立場とされます。しかし、聖霊の力無しには、喜びあふれる信仰生活を送ることは出来ません。聖霊のバプテスマによって、心に残っている罪をきよめられ、神の愛ときよさを生きる原動力を得るのです。聖霊は、神の賜物です。聖霊が与えられることは、父なる神の約束です。熱心に求めるなら、誰でも、聖霊を受けることができます。冷めたく渇いた心ではなく、神の愛に心を燃やされ、神と人を愛する人生を歩んで行きたいものです。ペンテコステ礼拝に、どうぞ、おいでください。

☆礼拝の中で、洗礼式、転入会式を予定しています。
☆午後は、スモールグループ、組会です。
☆本日、バザーのアフターセールは終了します。

☆6月23日は、岩渕まこと・由美子さんのコンサートがあります。

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6月2日(日)午前10時~11時30分 ウエルカム礼拝

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「目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ」 イザヤ40章21~31節

イザヤ40:26~28 あなたがたは目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ。この方はその万象を数えて呼び出し、一つ一つ、その名をもって呼ばれる。この方は精力に満ち、その力は強い。一つも漏れるものはない。 ヤコブよ、なぜ言うのか。イスラエルよ、なぜ言い張るのか。「私の道は【主】に隠れ、私の訴えは私の神に見過ごされている」と。 あなたは知らないのか。聞いたことがないのか。【主】は永遠の神、地の果てまで創造した方。疲れることなく、弱ることなく、その英知は測り知れない。

神様は、すべてのものを創造された方です。神の英知と力は、被造物によって知られます。聖書は、「目を高く上げて、だれがこれらを創造したかを見よ。」と勧めています。昔の人たちは、人工の光も届かないところで、広大な夜空に輝く星々を見て、創造主なる神に思いを馳せました。新島襄は、江戸時代の末期、漢訳聖書を初めて接しました。創世記1章1節「初めに、神が天と地を創造した。」を読んで、「なるほど、この世界に存在するあらゆるものは、これを創造された神がおられなかったらできないはずだ。机は大工が作った。しかし、それを作った大工も、また大工が用いた用材も、人間の業で出来たものではない。ならば聖書の言う通り、この世界には真の神がおられて、この天地万物をお造りになり、それらを支配しておられる神がおられるのだ。」と考えたそうです。そこから、キリスト教信仰へと導かれて行きました。神様は、天地万物を造られ、歴史を導き、私たちの思いも全て知っておられます。この神を知るとき、人生の意味が分かり、永遠の希望と、人生を全うする力を受けるのです。ぜひ、聖書を知り、神さまを知ってください。ウエルカム礼拝では、初めての方を大歓迎いたします。分かり易く、聖書のお話をします。クリスチャンの体験談が話されます。おいでをお待ちしています。

☆6月いっぱい、バザーのアフターセールを行っています。
(現在の売上は、15万円ほどです。皆さまのご協力に心から感謝いたします。アフターセール終了後、改めて報告をいたします。)

☆6月23日は、岩渕まこと・由美子夫妻のコンサートがあります。

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5月26日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

『成長させてくださる神』
Ⅰコリント3章1~15節

「 私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。 ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。」

ぶどうの木にも花が咲きました。オリーブの木にも小さな白い花が咲き、ブルーベリーの実はだんだんと膨らみ、色がつき始めています。ゴーヤもだいぶツルが伸びて花が咲いています。植物の成長を見るのはとても楽しいことです。植物たちを観察しながら、つくづく思うのは「成長させてくださるのは神様」ということです。もちろん水やりは欠かさず、愛情込めて、いろいろお世話はしています。

ブドウの木に向かって、毎日、「頑張れ、頑張れ。」と言っても無駄です。成長どころか、向こうも、こちらも、ストレスで疲れ果ててしまうでしょう。ぶどうの木には、ぶどうの木の成長のスピードがあり、オリーブの木にはオリーブの木の成長速度があります。いくら、人が気をもんでも、どうなるものでもありません。やることはやり、あとは、神様にゆだねて、楽しみに待つ。

これは、人の成長とか、教会の成長にも当てはまることではないかなあと思いました。いのちがあるなら、普通にすべきことをしていれば、自ずと成長して行くのです。私達にできる最も良きことは、神が成長させてくださるのを邪魔しないことなのかもしれません。「成長させてくださるのは神」なのです。これは自然界の法則であるともに、人間や教会の成長にも当てはまるものではなかと思うのです。

☆26日、日曜のお昼は、ウエルカム・バーガーです。教会の芝生広場とトレーラーハウスをお楽しみください。

☆たくさんの方がバザーに来てくださいました。ありがとうございました。しばらくアフターセールを行っています。まだまだ、良いものがあります。教会においでください。

☆5月25日(土)は、ファミリー・コンサートがあります。

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5月19日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

『持てる力を喜んで使う』 
Ⅱコリント8:8~15
☆ケニアのテヌエク病院の 蔦田就子医療宣教師が、証詞とともに、宣教報告をしてださいます。
☆午後は、チャリティー・バザーです。どうぞおいでください。

◇メッセージ・アウトライン

1、奉仕の源泉は、主イエス・キリストの恵み。
「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」(9節)

2、奉仕とは、持っているものを喜んで与えること
「ですから今、それをやり遂げなさい。喜んでしようと思ったとおりに、持っているものでやり遂げてください。 喜んでする思いがあるなら、持っていないものに応じてではなく、持っているものに応じて受け入れられるのです。」(11,12節)

3、大きな「神の平等」に参加する
「今あなたがたのゆとりが彼らの不足を補うことは、いずれ彼らのゆとりがあなたがたの不足を補うことになり、そのようにして平等になるのです。「たくさん集めた人にも余ることはなく、少しだけ集めた人にも足りないことはなかった」と書いてあるとおりです。」(14,15節)

🔄主イエスキリストの恵みを知っている者として、持てる力に応じて喜んで主に仕え、「神の平等に」参加しよう。(牧師 川嶋直行)

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5月15日(日)午後 深川チャリティー・バザー

物品も受付けております。
どうぞ、おいでください。

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5月12日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

『イエスご自身が近づいて来て』
ルカ24:13~35

15 話し合ったり論じ合ったりしているところに、イエスご自身が近づいて来て、彼らとともに歩き始められた。
16 しかし、二人の目はさえぎられていて、イエスであることが分からなかった。

31 すると彼らの目が開かれ、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。
32 二人は話し合った。「道々お話しくださる間、私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内で燃えていたではないか。」

エマオ村への道中での出来事です。気落ちしていた弟子たちは、復活のイエスご自身が、近づいて一緒に歩んでおられるのに、気が付きませんでした。しかし、聖書の説き明かしを聞いているうちに、心が内に燃えてくる経験をします。そして、復活のイエスが共におられることが分かりました。彼らは、同じ道を、今度は喜び勇んで帰って行きました。現代のエマオ、それは、礼拝ではないかと思います。疲れた心で礼拝に来て、そこで、復活のイエスと出会い、うちに心燃やされて、それぞれの持ち場立場に、遣わされて行くのです。どうぞ、礼拝においでください。

バザーのお知らせです。

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5月5日(日)午前10時~11時30分 ウエルカム礼拝

『父なる神の家に帰ろう』
ルカ15章11~24節

「立って、父のところに行こう。そしてこう言おう。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、あなたの前に罪ある者です。 もう、息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。」』 こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとへ向かった。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけて、かわいそうに思い、駆け寄って彼の首を抱き、口づけした。

有名な、イエスさまの「放蕩息子のたとえ」話です。「自分の好きなように生きてみたい。」そう思った弟息子は、父の家を出て行きました。しかし、そこは、思い描いた通りの世界ではありませんでした。全てを使い果たし、行き詰まってしまいますが、誰も助けてはくれません。その時、我に返るのです。そして、父の家に帰ります。父は、弟息子が帰って来るのを待っていました。そして、まだ遠くにいるのに、走り寄って、ぼろぼとになって戻ってきた弟息子を、抱きしめるのです。これは、父なる神の姿です。父の家を出て行った弟息子は、私達人間の姿なのです。父なる神のところには、赦しがあり、永遠のいのちがあります。自分の罪に気が付いたなら、悔い改めて父なる神に立ち返りましょう。父なる神は、喜んで赦し、受入れてくださいます。

◇ウエルカム礼拝です。
救いの体験談が話されます。
讃美歌も、聖書も備えつけがございます。
初めての方も、どうそいらしてください。

☆5月19日、バザーのお知らせです。

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4月28日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

『イエスの食卓』ルカ19:1~10
9、10節  イエスは彼に言われた。「今日、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。 人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです。」
メッセージは、WGMザック・マッツ宣教師です。

午前11時30分から、イースターエッグハントがあります。

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4月21日(日)午前10時~11時30分 イースター礼拝

『死んでも生きる-復活の希望-』
ヨハネ11章14~27節

イエスは彼女に言われた。「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。
また、生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことがありません。あなたは、このことを信じますか。」

人は死で終わりではありません。イエスキリストは、「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。」と言われました。「死んでも生きる」とは、どういうことでしょうか。イースターは、イエスキリストの復活を記念します。あなたも、永遠のいのちの希望をもって、生きて行きませんか。ぜひ、イースター礼拝に、おいでください。

午後は、2時からオペレッタ「主は生きておられる」を上演します。
皆さまのお越しをお待ちしています。

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4月14日(日)午前10時~11時30分 棕櫚の日・礼拝

『キリストの十字架による救い』
イザヤ53章

5節 しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。

キリスト教の救いは、「十字架による救い」です。本来、私たちが受けなければならなかった罪の罰を、イエス・キリストが、私たちを愛するが故に、ご自分が、身代わりとなって、その代価を払ってくださいました。これを「贖い」と言います。私達は、イエス様の贖いによって、罪が赦されました。罪から救われ、魂が癒されました。これが、神が定められた「救いの方法」でした。イエス様の十字架の苦しみを想う受難週に入ります。もう一度、イエスキリストの愛と憐みをとらえさせて頂きましょう。そして、イエス様の十字架によって救われ、永遠のいのちに与っている恵みを、心一杯、感謝したいと思います。

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4月7日(日)午前10時~11時30分 ウエルカム礼拝

「世界で最も大きな愛」
 ヨハネ15:13~17

「 人が自分の友のためにいのちを捨てること、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」

人は、誰でも死を迎えます。必ず迎える「死」に対して、備えを持っておられるでしょうか。

人の死(死に方)は、幾つかのパターンにカテゴライズできると思います。最も自然なのは、寿命を全うして死を迎えることです。かの偉大なモーセは、人の寿命についてこう述べています。「私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。そのほとんどは労苦とわざわいです。瞬く間に時は過ぎ私たちは飛び去ります。」(詩 90:10) 聖書は、人の齢は120年がマックスだと述べています。(創世記9:3)
 なかには、若くして事故や病気で亡くなる人もいます。幼子や愛する人を、事故や病気で亡くした人の悲しみは、いかばかりでしょうか。あるいは、自分で自分のいのちを断つ「自死」もあります。「自死」は、余りの失望落胆やショックで、正常な判断が出来なくなってしまった故かもしれません。
 それらの死とは別に、聖書は「友のためにいのちを捨てる」死があると言います。友や家族を救うために、自分が犠牲となるのです。この死は、百パーセント自発的なものであり、自分が犠牲になっても、愛する者を助けたいという動機から出たものです。親が愛する我が子のために、自分のいのちを犠牲にするということがあるかもしれません。しかし、何の関係もない人や、愛する価値を感じない人の為に、そんなことをする人はいません。
 しかし、イエスキリストは、全ての人-敵に対してさえー「友のためにいのちを捨てるほどの愛」を示されました。イエス・キリストの十字架に、その愛が示されています。イエスさまは、本来私たちが受けるべき罪の罰を、私たちに代わって、受けて下さいました。何の取柄もない者の為に、友となって下さいました。「ここに、愛がある。」と聖書は言います。このキリストの愛を受け入れ、友となりませんか。それが、死に対する備えだと聖書は教えています。
 どうぞ、教会にいらしてください。そして、イエス・キリストを知って下さい。

☆救いの体験談があります。
☆聖書、讃美歌は、備えつけてあります。
☆礼拝の中で、席上献金がありますが、すべて任意・ご自由です。
☆ウエルカム礼拝ですので、遠慮なくおいでください。お待ちしています。

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3月31日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

「あたりまえ」でなく「ありがとう」
ピリピ4章1〜7節
「 いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。 あなたがたの寛容な心が、すべての人に知られるようにしなさい。主は近いのです。 何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。 そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」

 毎日生活していると普段会っている人、いつもいる場所、今やっていることが「あたりまえ」のように感じてしまうことがあります。しかし、その一つひとつに深い意味を見出すことができるのがクリスチャンの特権ではないでしょうか。神様が与えてくださった素晴らしい出会い・恵みの場所・自分にしかできないこと、主と共に考えていくときに様々な意味を見出すことできます。
 いよいよ、新たな年度が始まります。今まで神様が導いてくださったことに「ありがとう」。今生かされていることに「ありがとう」。これからも神様が最善に導いてくださることに「ありがとう」。この感謝の気持ちを大切にして新たな年度をスタートできたら幸いです。
  出会いと別れの時期、「あたりまえ」でなく「ありがとう」、神様と周りの方々への感謝と共に期待を持って、一足ひとあし歩ませていただきましょう。文:峯尾仰生)

メッセージは、一年間、深川教会で実習された、峯尾仰生神学生が担当します。
(この日が、深川教会での実習の最終日となります)
証しとともに、み言葉からメッセージを取り次ぎます。
お楽しみに!

皆さん、教会に、ぜひ、お越しください。

*川嶋牧師は、白鳥教会での当務です。

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3月24日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

「ヨルダン川を渡った記念」 
ヨシュア4:1-9
ヨシュアは彼らに言った。「あなたがたの神、【主】の箱の前、ヨルダン川の真ん中へ渡って行き、イスラエルの子らの部族の数に合わせて各自が石を一つ、その肩に担ぎなさい。それがあなたがたの中で、しるしとなるようにするためだ。後になって、あなたがたの子どもたちが『この石はどういうものなのですか』と尋ねたとき、 あなたがたは彼らにこう言いなさい。『ヨルダン川の水が【主】の契約の箱の前でせき止められたのだ。箱がヨルダン川を渡るとき、ヨルダン川の水はせき止められた。この石はイスラエルの子らにとって永久に記念となるのだ。』」

「ルビコン川を渡るとは、ある重大な決断・行動をすることのたとえ」ですが、イスラエルの民はヨルダン川を渡りました。ヨルダン川は「約束の地」であるカナンに入るための最後の難関でした。人間的には、岸一杯にあふれる川を渡ることは不可能でした。しかし、神のことばに従って、信仰を持って渡り始めると、川は上流でせき止められ、人々は無事に渡ることが出来たのでした。その後、彼らは、川底にあった石を取り、この出来事の記念としたのです。どんなに難しく見えても、神の約束に信仰によって応答してゆくとき、困難を乗り越え、豊かな祝福の世界に入って行くことができると、この記事は私たちに教えています。どうぞ、礼拝にいらしてください。

☆礼拝後、カナンの献別感謝のときをもちます。
☆ぶどうの木とオリーブの木を記念に植樹します。
☆記念撮影の後、ささやかな愛さんの時を持ちます。
☆共に感謝を捧げ、祝福をお祈り頂けたら幸いです。

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3月17日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

ヨハネの福音書8:1~11
イエスはオリーブ山に行かれた。そして朝早く、イエスは再び宮に入られた。人々はみな、みもとに寄って来た。イエスは腰を下ろして、彼らに教え始められた。すると、律法学者とパリサイ人が、姦淫の場で捕らえられた女を連れて来て、真ん中に立たせ、イエスに言った。「先生、この女は姦淫の現場で捕らえられました。モーセは律法の中で、こういう女を石打ちにするよう私たちに命じています。あなたは何と言われますか。」彼らはイエスを告発する理由を得ようと、イエスを試みてこう言ったのであった。だが、イエスは身をかがめて、指で地面に何か書いておられた。しかし、彼らが問い続けるので、イエスは身を起こして言われた。「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの人に石を投げなさい。」そしてイエスは、再び身をかがめて、地面に何かを書き続けられた。 彼らはそれを聞くと、年長者たちから始まり、一人、また一人と去って行き、真ん中にいた女とともに、イエスだけが残された。イエスは身を起こして、彼女に言われた。「女の人よ、彼らはどこにいますか。だれもあなたにさばきを下さなかったのですか。」 彼女は言った。「はい、主よ。だれも。」イエスは言われた。「わたしもあなたにさばきを下さない。行きなさい。これからは、決して罪を犯してはなりません。」〕

「身をかがまれたイエス様」
礼拝メッセージは、伊藤安司伝道師です。

聖路加国際病院名誉院長であられ105歳で地上の生涯を終えた日野原重明さんがこんな言葉を残しています。
『自分がさらに本物となるために、手を開かれたイエス・キリストの姿を静かに思い描いているのです。なんとこれは感謝すべきであろうか、これ以上、感謝することはない。』日野原先生が伝えられたキリストの姿。そのキリストに出会う時、本物の自分になれると語られました。それを今日のストーリーが教えてくださいます。
姦淫の現場で取り押さえられ、イエスキリストの元に連れてこられました女性。
そこで律法学者は基準にたって、彼女をさばきます。しかし、イエスキリストは、彼女を前にして身をかがめられ、地面に何かを書きました。その上で「女の人。」「さばきを与えない。」「行きなさい。」と宣言されました。私たちも過去に現在に多くの出来事が起こることがありますが、イエスキリストは私たちの出来事ではなく、その下にある人生を理解してくださいます。今日はその部分を分かち合います。

☆午後は、運営委員会があります。
☆3月24日は、礼拝後、トレーラーハウスの感謝献別式があります。

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3月10日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

「良いほうを選ぶ」 
ルカ10章38~42節 

神さまは、私たちに「選択の自由」を与えて下さいました。私たちの人生は、日々の「選択」によって形作られて行きます。何を選ぶかで、最終的に到達するゴールも違ってくるでしょう。時間の使い方、お金の使い方、友だちの選び方、人生の使い方、普段、あまり意識せずに「選んでいる」ことが多いかもしれません。しかし、改めて「選択の基準」を聖書から学んでみたいと思います。マリヤとマルタの前におかれた「二つの選択」。マリヤは「主の足もとに座って、主のことばに聞き入る」ことを選びました。マルタは「いろいろ気を使って、もてなす」ことを選びました。イエスさまは、マルタにこう仰いました。「マルタ、マルタ、あなたはいろいろなことを思い煩って、心を乱しています。 しかし、必要なことは一つだけです。マリアはその良いほうを選びました。それが彼女から取り上げられることはありません。」この言葉の意味を、ご一緒に考えてみましょう。

☆第74次年会が終わり、伊藤安司伝道師と、川嶋直行・範子牧師は、引き続き、深川教会に任命されました。主にあってよろしく、お願いたします。
☆午後は、スモールグループと組会があります。
☆10日と11日、白鳥教会の佐藤政子姉の前夜式、告別式が町屋斎場で行われます。ご遺族、教会員の皆様に、天よりのお慰めをお祈りいたします。

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3月3日(日)午前10時~11時30分 ウエルカム礼拝

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「正しい人は七度倒れても、また起き上がる」
箴言24:1~16

16節 正しい人は七度倒れても、また起き上がり、悪しき者はわざわいでつまずくからだ。

「七転び八起き」の人生。一度も失敗や敗北のない人生が、勝利の人生なのではなく、たとえ、失敗や敗北があっても、そこから、再び立ち上がって前に向かって進んで行ける力と希望を、神に持っている人生こそ、勝利の人生と言えるのではないでしょうか。「転んでもただでは起きない」失敗や敗北は、神の恵みによって、より深められた愛と強さに変えられて行きます。イエス・キリストを信じる人生とは、人の力では勝利できない人生最後の壁である死からさえも、神の大能の力により起き上がることができ、永遠のいのちに生きて行く人生なのです。ぜひ、この素晴らしい救いを知って下さい。

☆聖書、讃美歌は備え付けてあります。
☆ひとりの女性の救いの体験談が紹介されます。
☆礼拝の中で席上献金がありますが、ご自由です。
☆初めての方のためのウエルカム礼拝です。どうそ、おいでください。

アナウンス
午後から、カナンプロジェクトのトレリス取付作業を行う予定です。
お手伝い下さる方は、作業のできる衣服をご持参下さると感謝です。

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2月24日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

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「聖書が持つ力」
Ⅱテモテ3章9~17節

Ⅱテモテ3章15、16節 聖書はあなたに知恵を与えて、キリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができます。 聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です。

ヘブル 4:12 神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄を分けるまでに刺し貫き、心の思いやはかりごとを見分けることができます。

「私は聖書を、神が人間に下さった最高の贈り物と信じている。世界の救い主から来るすべての良いものは、聖書を通して私たちに伝えられる。」(アメリカ第16代大統領エイブラハム・リンカーン)

聖書は、他の本とは違います。聖書の持つ力について学んでみたいと思います。聖書を通して、素晴らしい恵みを受け取りまましょう。どうぞ、礼拝におでかけください。

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2月17日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

「 荒野へ Into the Wilderness 」
WGM宣教師 ザック・マッツ
ルカの福音書4章1~13節

「荒野で御民を導かれた方に感謝せよ。主の恵みはとこしえまで。」
(詩 136:16)

日曜日は、教会に。
礼拝から、1週間が始まります。
お待ちしています。

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2月10日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

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「心を善くする薬」
Ⅰサムエル1章

15 ハンナは答えた。「いいえ、祭司様。私は心に悩みのある女です。ぶどう酒も、お酒も飲んではおりません。私は【主】の前に心を注ぎ出していたのです。
16 このはしためを、よこしまな女と思わないでください。私は募る憂いと苛立ちのために、今まで祈っていたのです。」
17 エリは答えた。「安心して行きなさい。イスラエルの神が、あなたの願ったその願いをかなえてくださるように。」
18 彼女は、「はしためが、あなたのご好意を受けられますように」と言った。それから彼女は帰って食事をした。その顔は、もはや以前のようではなかった。

この世に「心を善くする薬」「心の傷に塗る薬」みたいなものがあればいいな。と、思うことがあります。いじめや、意地悪等によって。心が傷ついてしまうとき、心は痛み、憂いに閉ざされてしまいます。ハンナもそうでした。しかし、ハンナは、祈りの中で、憂いや、怒りといった心をダメにする感情を、全部、注ぎ出しました。心が空っぽになったところに、神の愛と平安が与えられ、ハンナは、悩みからすっかり解放されました。ハンナは、神にゆだねることを学んだのです。これこそ、「心を善くする薬」です。皆さんも、この方法をやってみませんか。

☆午後は、スモールグループ、組会です。

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2月3日(日)午前10時~11時30分 ウエルカム礼拝

「キリストが道、真理、いのち」 
ヨハネの福音書14章1~7節

ポール・ゴーギャンの代表作と言われる絵には『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』という長い題がついています。これは、全ての人が持っている、根源的な問であると思います。キリストの弟子のひとりであったトマスも、師である主イエスに尋ねました。「主よ、どこへ行かれるのか、私たちには分かりません。どうしたら、その道を知ることができるでしょうか。」それに対する、主イエスの答えが「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」というものでした。自分が、何処に向かって生きているのかよく分からないまま、走り続けるのは、不安です。永遠のいのちに至る道をキリストのうちに見出して、生きて行きませんか。ウエルカム礼拝では、インドのクリスチャンの方が、救いの証しをしてくださいます。ぜひ、お聞きください。

 

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1月27日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

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「あなたは神の国から遠くない」
マルコの福音書12章28~34節

イエスは答えられた。「第一の戒めはこれです。『聞け、イスラエルよ。主は私たちの神。主は唯一である。あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』第二の戒めはこれです。『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。』これらよりも重要な命令は、ほかにありません。」

イエスは、彼が賢く答えたのを見て言われた。「あなたは神の国から遠くない。」

「キリストのからだ」と呼ばれる「教会」は、この世の波にもまれながら、「神の国」が形づくられて行くところです。いったい「神の国」とは何でしょうか。どうしたら、神の国が形成されて行くのでしょうか。「神の国」は、2つの関係性から成り立っています。一つは、神様のとの関係です。そして、もう一つは隣人との人間関係です。この2つの関係が交差するところに、「神の国」がかたちづくられて行きます。垂直的な神との関係と、水平的な人間関係が交わる中心に、イエス・キリストの十字架が立っています。主イエスキリストの十字架を通して、「教会」は「神の国」に近づいて行くのです。

☆礼拝後、短い休憩を挟み、教会総会が開かれます。教会員の方は、ご出席ください。

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1月20日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

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説教題 :「視点が変わるイエス様の温かい一言」
聖書箇所:マタイ9:1〜8
説教主旨:「子よ。しっかりしなさい。あなたの罪は赦された。」イエス様が中風の人に語られた優しく恵み深い一言。この言葉は今を生きる私たちにも同じように語られています。私たち人間はこの一言に含まれたイエス様の温かい思いを心から知った時、視点が自然と転換されます。
神様の子どもとされた事実。天国まで導いてくださる方がいつも共におられる安心感。罪赦された者として生きる恵み。
神様との真の出会いによって与えられる信仰を通して、このみことばをそのままシンプルに受け入れ一足ひとあし歩みたいと思います。

メッセージは、聖宣神学院 峯尾仰生神学生です。
*川嶋牧師は、白鳥教会での奉仕です。

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