受難週の霊想 4月6日(月)

4月6日の朝、撮影

4月6日(月)【宮きよめ】

マルコ11:15~17 こうして彼らはエルサレムに着いた。イエスは宮に入り、その中で売り買いしている者たちを追い出し始め、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒された。また、だれにも、宮を通って物を運ぶことをお許しにならなかった。 そして、人々に教えて言われた。「『わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではないか。

黙想と祈り『教会は、祈りの家と呼ばれる』

柔和なイエス様が、めずらしく怒りをあらわにされました。本来、神への祈りを捧げる場所である神殿が、祈りの場ではなく、商売の場所とされていたからです。イザヤ書 56章7節に「わたしは彼らを、わたしの聖なる山に連れて行き、わたしの祈りの家で彼らを楽しませる。・・・わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれるからだ。」とあります。教会とは、第一に「祈りの家」でなければなりません。天においても地においても、一切の権威を持っておられる神を認め、敬虔な思いをもって祈ります。祈りは、神への畏敬の念から出てきます。同時に、祈りは楽しみでもあります。私を愛しておられる方に信頼し、子が親に願うように、どんなことでも求めることが出来ます。コロナ禍中で、今、多くの人が恐れを抱いています。こういう時だからこそ、聖なる畏れと、深い憐みを受けて、主なる神に祈りましょう。主は折にかなう助けを与えて下さいます。

☆自分も、家族もコロナ感染から守られますように。
☆家にいる時間、楽しく過ごせますように。
☆仕事をしている方々が、感染から守られますように。
☆一日も早く収束しますように。
☆キリストの十字架に思いを向けることができますように。

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大切なお知らせ

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⇒新型コロナウイルス感染拡大の重大局面を迎え、4月末迄、教会に集まっての全ての集会は中止いたします。

⇒その代り、インターネットZOOMによる礼拝と祈り会を持ちます。インターネット環境のない方には、週報とメッセージ原稿を郵送いたします。また、期間限定でも、導入したい方は、サポート致します。

 

 

期間 4月5日~4月末迄/5月3日から再開の予定ですが、コロナウイルス感染の収束状況によっては、延長の可能性があります。

ZOOMによる礼拝  日曜日 午前10時~11時
ZOOMによる祈り会 水曜日 午後7時30分~8時30分
(ZOOMミーティングID 328-312-2471)

*スマホ、タブレットの方は、予め無料アプリをダウロードしておいてください。IDを打ち込めば参加できます。分からない方は、サポートしますのでお気軽にお尋ねください。
*可能な方は、プロフィールの「名前」を、「機種名」でなく、「ご自分の名前」に変更、表記しておいてください。
*会堂での礼拝同様、神の前に出る「敬虔さ」をもって、礼拝にご出席ください。
*集会献金は、まとめて振込口座にお送りくだされば幸いです。近くを通られた際、献金箱に入れてくださっても結構です。よろしく、お願いいたします。

◇ 「非常事態宣言」が出るまでは、水曜日〜金曜日AM10:00~15:00会堂に来て、自由にお祈りすることができます。また、家が「密」になり過ぎる場合、教会のトレーラーハウス、エマオを「リモートワーク」の場所として使うことも可能です。(光熱費は実費)重ならないよう調整しますので、予めお問い合わせください。

◇ 祈りの課題がありましたら、遠慮せず、お知らせください。牧師だけで祈るか、皆さんに祈ってもらうかも合わせてお伝えください。

◇ 手作りの布マスクがあります。(実費1枚200円)

◇4月9日(木)午後8時 ザック・マッツ宣教師によるZOOM英語バイブルクラスが予定されています。1クラス定員4名とさせて頂きます。希望者が多い場合には、クラスを増やします。試験的に行ってみて、うまく行けば、定期的に持ちたいと思います。

◇4月19日(日)午後1時30分~2時30分 ZOOMイースターを計画しています。(ホーリー宣教師、ザック宣教師、& アメリカのゲスト)毎年恒例のジョイフルイースターは、残念乍ら中止となりましたが、かたちを変えて、イースターの喜びを共有したいと思います。詳細は、改めてご案内します。

⇒今、新型コロナウイルスの感染を拡大させない為、3つの「密」を避けることは大事なことです。しかし、気持ちまで萎縮してしまわないよう、主から希望と励ましを頂き、互いに「孤立しない。孤立させない。」をモットーに、前向きに取り組んで行きたいと思います。皆さまが感染から守られ、心も健やかに生活できますように。神の守りを、心からお祈りいたします。

 

■だが今、【主】はこう言われる。ヤコブよ、あなたを創造した方、イスラエルよ、あなたを形造った方が。「恐れるな。わたしがあなたを贖ったからだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたは、わたしのもの。 あなたが水の中を過ぎるときも、わたしは、あなたとともにいる。川を渡るときも、あなたは押し流されず、火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。 わたしはあなたの神、【主】、イスラエルの聖なる者、あなたの救い主であるからだ。わたしはエジプトをあなたの身代金とし、クシュとセバをあなたの代わりとする。 わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(イザヤ43章1~4節)

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4月1日(水)午後7時30分~8時30分 ZOOM祈り会

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本日午后7時30分から、インターネットZOOMによる祈り会を行います。東京都の外出自粛要請が出ていますので、教会に集まっての祈り会は控えます。しかし、こういう時だからこそ、祈ることは大事です。神の前に遜り、共に祈りを捧げましょう。7時頃から会議室を開いておきます。途中からでも、お入りください。

Zoom祈り会に参加する
https://us04web.zoom.us/j/3283122471

ミーティングID: 328 312 2471

*参加される方は、ご自分の【プロフィール】の名前を書いておいてください。

⇒本日、午前10時~午後3時まで、会堂で、祈ることができます。
「ひとりひとり」で祈れるよう、調整しますので、来られる方は予めご連絡ください。
*牧師が「共に」祈ることもできます。(マスク着用)

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3月29日の礼拝は教会では行われません。

【大切なお知らせ】

「新型コロナウイルス感染拡大」重大局面を迎え、東京都からの外出自粛要請を受け、インマヌエル深川キリスト教会では、以下の対策をとりたいと思います。

◇3月29日の礼拝は、教会には集まらず、各家庭での礼拝といたします。

➀10:00AM〜10:50AM  インターネットZOOMを使い礼拝を共有します。

*設定方法を手引きします。マイク(カメラがあればビデオ通話ができます)がついているパソコン、あるいは、スマホで可能です。参加希望者に、こちらから、招待メールを送りますので、その指示に従って参加してください。スマホの方は、予め無料のZOOMソフトをダウンロードしておいてください。

➁インターネット環境のない方には、週報の中に個人礼拝の手引きを書いてお送りします。

◇ 4月以降は、状況を見て、更なる対策をとります。改めてお知らせいたします。

◇ 夜間の外出も自粛要請が出ておりますので、4月末まで、水曜夜の祈り会と、木曜午前の教会に集まっての祈り会は中止といたします。代わりに、ZOOM祈り会を開きますので、ご参加ください。水曜日PM7:30 ~8:30

◇ 水曜日〜金曜日AM10:00~15:00会堂に来て、お祈りできます。重ならないよう調整しますので、予めご連絡ください。

◇ 祈りの課題がありましたら、遠慮せず、お知らせください。牧師だけで祈るか、皆さんに祈ってもらうかも合わせてお伝えください。

◇ 手作りの布マスクがあります。(1枚200円)

◇ 集会献金等は、ゆうちょ銀行の振込でも、受付けております。皆様の経済が守られ、教会の経済も守られますよう、お祈り下さい。

*一日も早い収束と、皆さんの安全が守られますように、お祈りいたします。

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3月22日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

「たとえそうでなくても
    ー御利益信仰か真の信仰か」
ダニエル書3章13~30節

16~18節  シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴは王に答えた。「ネブカドネツァル王よ、このことについて、私たちはお答えする必要はありません。 もし、そうなれば、私たちが仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ、あなたの手からでも救い出します。 しかし、たとえそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々には仕えず、あなたが建てた金の像を拝むこともしません。」

コロナウイルスの脅威が、日本を、そして、世界を席巻しています。私達は肉体的にも、精神的にも、また経済的にも、「真の安全」を求めています。自分のいのち、家族や、愛する人たちのいのちと、日々の生活が守られますようにと、切に祈ります。しかし、それは、一体、どこにあるのでしょうか。

バビロンのネブカデネザル王は、神を信じるの3人のユダヤ青年たちに、「金の像」を拝むか、燃える炉の中に投げ込まれるか、二者択一を迫りました。彼らは王にこう答えます。「ネブカドネツァル王よ、このことについて、私たちはお答えする必要はありません。 もし、そうなれば、私たちが仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ、あなたの手からでも救い出します。 しかし、たとえそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々には仕えず、あなたが建てた金の像を拝むこともしません。」

彼らは、自分たちが信じ仕えている神が、理不尽な試練から、救い出してくれると確信していました。しかし、それは、同時に、殉教の覚悟を伴った信仰であったと言えます。「どういう結果になったとしても」神を信じるという信仰でした。このような信仰者は、強いと思います。いつも、平安でいることができます。

御利益宗教は、「信じたら、その分ご利益がある。」「ご利益があるから、信じる。」そういうものだと思います。逆に言えば、御利益がなければ、信じないのです。しかし、真の信仰は、十字架の主イエス・キリストを愛し、信頼しているので、「どういう結果になっても」信じる信仰だと言うことが出来ると思います。これは、自分のいのちも、自分の人生も、全能の神の御手にゆだねる信仰と言えるでしょう。

自分で、自分のいのちを守ろうとすればするほど、逆に、追い詰められて行くように思います。そこには希望も、平安もありません。しかし、善にして、善をなして下さる神に、すべてをゆだねるとき、深い安息を得るとともに、そこから、生きる希望と力も沸いて来ます。何があっても、恐れることなく 安心して歩んで行くことが出来ます。

この物語の結果は、ほんとうにすばらいしい結末となりました。私たちの信じている神は、信頼を決して裏切らない方です。どうぞ、礼拝においでください。共に、主をほめたたえましょう。

☆昼食サービス並びに、午後の集会はありません。
☆教会の入り口で、手を十分にアルコール消毒してから、お入り下さい。
☆体調がすぐれない方、熱がある方は、ご自宅で静養して下さい。
☆礼拝の途中で、一斉換気を行います。防寒着を着たまま、礼拝しても構いません。
☆若干、手縫いのマスクの用意があります。必要な方は、お知らせ下さい。
☆新型コロナウイルス感染症から、守られますよう、お祈りいたします。また、一日も早い収束を祈ります。

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主日礼拝「折にかなった助けを受けるために」

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「イエスという偉大な大祭司から、
折にかなった助けを受けるために」

Let us therefore come boldly to the throne of grace, that we may obtain mercy and find grace to help in time of need.

ヘブル4:14~16
さて、私たちには、もろもろの天を通られた、神の子イエスという偉大な大祭司がおられるのですから、信仰の告白を堅く保とうではありませんか。 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれたのです。 ですから私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、折にかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

「大祭司」とは、神と人の間に立って、民の救いのたに執成す務めです。旧約時代は、大祭司は、幕屋あるいは神殿の聖所に入り、祈りを捧げていました。そして、1年に1度だけ、聖所の奥にある「至聖所」と呼ばれる所に入り、小羊の血によって、人々の罪の「贖い」が為されました。この日は、大贖罪日(ヨム・キプール)と呼ばれました。

時代は変わり、新約の時代となり、幕屋も神殿も無くなりました。驚くべきことに、イエス・キリストご自身が、神の小羊として、十字架で自らの命を捧げ、人々の罪の「贖罪」を成し遂げて下さいました。へブル書9章11、12節には、こう書いてあります。

「しかしキリストは、すでに実現したすばらしい事柄の大祭司として来られ、人の手で造った物でない、すなわち、この被造世界の物でない、もっと偉大な、もっと完全な幕屋を通り、また、雄やぎと子牛の血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度だけ聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げられました。」

神のひとり子イエスさまが、十字架で贖いを成し遂げ、三日目に死からよりがえり、今現在は、神の右の座につき、私たちのために、執り成していて下さると、聖書は言います。(ローマ8:34、コロサイ3:1)この神の右の座こそ、「天の至聖所」「ほんとうの至聖所」なのです。人間の大祭司は、年に1度しか入れませんでした。それは、彼自身が罪の贖いを必要としていからです。

しかし、主イエスは、自分の為の贖いを必要としません。いつでも、常時、神の右の座、天の至聖所において、執り成しをしておられるのです。この主イエスキリストこそ、神と人の間に立つ「唯一の仲介者」(Ⅱテモテ2:5)であり、偉大な大祭司なのです。この大祭司は、私たちと同じように試みあわれ、私たちの弱さを知り、同情と憐みに満ちた方です。

私達に、何か資格があるからではありません。私達は、弱く、乏しいのです。だからこそ、折にかなった助けを得るために、イエスという偉大な大祭司に近づくのです。私たちの祈りは、天の至聖所におられる、偉大な大祭司イエスを通して、あわれみ深い神のもとに届けられます。私たちの祈りが、ダイレクトに神に届けられるのです。

私達は、今、コロナウイルスという目に見えない脅威にさらされています。健康の問題だけでなく、経済の問題も出てくるでしょう。こういう危急の時だからこそ、私たちは、自分で心配を抱え込むことをやめ、あわれみを受け、また恵みをいただいて、折にかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

☆教会の入り口にある、アルコールスプレーで、手を消毒してお入り下さい。
☆礼拝中でも、マスクをして構いません。
☆ランチサービスはありません。
☆体調がすぐれない方、微熱がある方は、用心の為、ご自宅で静養してください。
☆ホームページに礼拝説教の原稿、音声がアップされています。
☆必要な方には、メールまたは、郵便で週報とメッセージをお届けいたします。

☆コロナウイルス感染から守られますように。一日も早く収束をお祈りいたします。

☆午後1時から、シオンにて、運営委員会を開きます。(昼食は各自でお願いします)

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主日礼拝「神はそれを、良いことのための計らいとしてくださいました」

「神はそれを、
良いことのための計らい
としてくださいました」
God meant it for good

創世記50:15-21

ヨセフは言った。「恐れることはありません。どうして、私が神の代わりになることができるでしょうか。 あなたがたは私に悪を謀りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとしてくださいました。それは今日のように、多くの人が生かされるためだったのです。 ですから、もう恐れることはありません。私は、あなたがたも、あなたがたの子どもたちも養いましょう。」このように、ヨセフは彼らを安心させ、優しく語りかけた。

庭にあるスモモの花が咲きました。ストロベリーも小さな花が咲いています。ブルーベリ―も新芽が出てきています。春の光を受けて、いのちが、躍動し始めました。新型コロナウイルスの感染恐怖が、日本と世界を覆っています。毎日、そのニュースばかりという感じです。用心深さは必要ですが、心配し過ぎて、買いだめに走ったり、内に籠って、心が病んでしまったりしないよう、「適切な対応」をとる必要を感じます。

人類は、幾度も似たような危機に遭遇してきました。入試や、仕事の問題、健康や経済の問題、個人でも同じだと思います。新約聖書Ⅰコリント 10:13に「あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。」とあります。

3月8日の礼拝では、ヨセフの生涯を通して学んでみたいと思います。異母兄弟たちから妬まれて、エジプトに奴隷として売られ、行き着いた先が、エジプトの侍従長ポティファルの家、主人に認められて管理を任せられるも、悪女の誘いを断ったが為に、罪に陥れられて投獄されます。しかし、獄の中でも、腐ることなく、主を信じて生きる姿を監獄の長に認められ、やがて、エジプトの王ファラオから、国の管理を任せられるようになります。

7年間の豊作のとき、倉庫を作り、食物を貯蓄し、その後にやってきた7年間の飢饉に際して、倉庫から分け与えて、多くの人を救います。もちろん、抜け目なくファラオの国庫は潤い、ますます、その手腕が評価されます。ヨセフをエジプトの奴隷として売り飛ばした異母兄弟たちも、まさか弟のヨセフだとは知らずに、穀物を分けてもらいにエジプトにやってきます。

飢饉に際して、父と兄弟たちが、ヨセフが治めるエジプトにやってきて、いのちが救われるのです。兄弟たちは、ヨセフの復讐を恐れます。しかし、ヨセフは、兄たちに優しい言葉をかけてあげます。「恐れることはありません。・・・ あなたがたは私に悪を謀りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとしてくださいました。それは今日のように、多くの人が生かされるためだったのです。 ですから、もう恐れることはありません。私は、あなたがたも、あなたがたの子どもたちも養いましょう。」

ヨセフ物語を通して、神を信じる者には、神が全てを働かせて益としてくださるということを教えられます。すべての苦難には、意味があるのです。神さまのご計画の全体像が見えないために、試練に会って、恐れ惑ってしまうのですが、神は、必ず、それを、良いことのための計らいとして下さるのです。ですから、自暴自棄になったり、いたずらに恐れたりせず、ヨセフのように、主に信頼し、神とともに歩むことが大事です。

シャローム。「神の平安があるように。」と、復活の主は、恐れて動けずにいた弟子たちに言われました。私達も、恐れから解放され、用心深くありつつも、神の御守りを感じて、安心して歩んで行きたいと思います。手のアルコール書毒はもちろん、換気を十分にして、礼拝を守っています。神への祈りを捧げて、1週間を始めたいと思います。

☆ランチサービスはありません。
☆午後に予定してた、組会・スモールグループは、ありません。
☆礼拝中、マスクを着用して構いません。
☆アルコールで手を消毒してからお入りください。大型の空気清浄機が稼働しています。集会前後に換気をしています。
☆体調が悪い方、微熱がある方は、お休みください。決して無理をしないでください。
☆遠方から電車等を利用して来られる方は、十分ご注意ください。(満員電車は避けて下さい)

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主日礼拝「主の御名を呼び求める者はみな救われる」ローマ10:13

「主の御名を呼び求める者はみな救われる」
ローマ10章1~13節

『なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われるからです。 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。 聖書はこう言っています。「この方に信頼する者は、だれも失望させられることがない。」ユダヤ人とギリシア人の区別はありません。同じ主がすべての人の主であり、ご自分を呼び求めるすべての人に豊かに恵みをお与えになるからです。「主の御名を呼び求める者はみな救われる」のです。』

 目に見えないウイルスが、これほど恐ろしいものだと実感したのは、初めての経験です。出来る限りの予防をしていますが、絶対という訳には行きません。思わぬところで感染するリスクもあると思います。こういうとき、どうしたら、安心することができるのでしょうか。宗教は嫌いだという方もおられるでしょうが、聖書の言葉は、これまでも、多くの人に救いと平安を与えてきた「実績」があります。

 人は、自分で自分を救うことは出来ません。自分の行いによって、義と認められることは出来ないのです。やればやるほど、逆に、自分の罪深さを認識するようになるでしょう。聖書は、人が救われるためには、十字架で身代わりの犠牲となって下さったイエス・キリストを信じる以外にはないと教えています。「もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われ」るのです。

 罪と死の支配からの救いは、決して、難しいことではありません。「主の御名を呼び求める者はみな救われる」のです。「そんなこと嘘だ。神などいない。」そう信じている方もおられるかも知れません。でも、もし、少しでも、救われたいという願いがるなら、「主イエスよ。救ってください。」と単純に祈ってみてください。聖書はこう言っています。「この方に信頼する者は、だれも失望させられることがない。」

☆救いの体験談があります。
☆聖書から、分かり易くお話します。
☆聖書、讃美歌も備え付けてあります。

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新型コロナウイルス感染症対策
➀ 来れない方のために、ホームページにメッセージ録音、週報等がアップされています。
➁ 3月1日、ランチサーヴィスは中止します。
➂ 教会入口で、手のアルコール消毒をお願いいたします。(紫外線殺菌灯を導入予定です)
➃ 礼拝中でもマスク着用して構いません。(プラズマクラスター空気清浄器を稼働しています)
➄ 体調が悪いときは、決して無理をせず、お休みください。

☆「緊急事態宣言」が出された北海道地区の札幌と恵庭、釧路教会は、3月19日まで教会での礼拝はありません。
 各家庭において、礼拝をお守りください。
 

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2月25日(火)の早天祈り会中止のお知らせ

⇒コロナウイルス対策
◇2月25日(火)の早天祈り会は、中止といたします。
◇明日の日本政府の基本方針を受けて、3月の集会予定を調整し、お知らせいたします。

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2月23日(日)午前10時~11時30分

「あなたは祝福となりなさい」
創世記12章1~4節

「【主】はアブラムに言われた。「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。わたしは、あなたを祝福する者を祝福し、あなたを呪う者をのろう。地のすべての部族は、あなたによって祝福される。」

ザンビアの医療宣教に従事されている宣教師の根廻恵子さんを迎えての礼拝です。ザンビアでの活動報告、体験談を交えて語って下さいます。

キリストを信じる者は、みな、神から祝福されるととともに、他者を祝福する者となるよう召されています。アブラハムは、神から「あなたは祝福となりなさい」と召しを受けました。自分の存在が、祝福となるとは、どういうことなのか、アブラハムを通して、学んでみたいと思います。

☆午後は、根廻宣教師を囲んで、懇談のときが持たれます。

☆コロナウイルスの感染拡大が懸念されています。体調の悪い方は、決してご無理なさらないようお願いします。
☆入口にアルコール消毒液を置いています。玄関で、手をアルコールで消毒してからお入り下さい。礼拝中でもマスクを着用して構いません。
☆HEPAフィルタ (High Efficiency Particulate Air Filter) 搭載の空気清浄機を2台導入しました。
☆一日も早く収束しますよう、お祈りいたします。

☆2月27日(木)おのたしみ絵画教室今季最終回です。

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2月16日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

「私の隠れ場」 
 詩篇27篇

「それは主が苦しみの日に私を隠れ場に隠しその幕屋のひそかな所に私をかくまい岩の上に私を上げてくださるからだ。 今私の頭は私を取り囲む敵の上に高く上げられる。私は主の幕屋で喜びのいけにえをささげ【主】に歌いほめ歌を歌おう。」

誰にでも「苦しみの日」はやって来ます。私達の出会う試練は、誰かが経験した以上のものではありません。主は真実な方ですから、私達を耐えれられないような試練に合わせなさることはありません。試練と共に、脱出の道も備えていてくださいます。(Ⅰコリント10:13)

苦しみの日に、私達はどうしたらよいのでしょうか。ダビデは、苦しみの時に逃げ込む「隠れ場」を持っていました。それは、主なる神の御手の中です。この「隠れ場」は、いつでも、どこでも、信仰によって、駆け込むことができる安全地帯です。どんな激しい攻撃も、神という「隠れ場」には届きません。

外は嵐が吹きすさんでも、「隠れ場」の中は、平安です。そこでは、恐れから解放され、自分自身を取り戻すことができます。神によって、余裕さえ与えられるのです。「私の隠れ場」を持っている、あるいは、知っている人は幸いです。いつでも、どこでも、逃げ込むことが出来るからです。

これは、現実逃避ではありません。そこにあるリアルな助けです。いろいろな試練、悩みに会うとき、自分だけで抱え込んではなりません。どんなにタフな人でも、どんなに強い人でも、過信は禁物です。「私は絶対大丈夫」と言える人などいないのです。苦しみの日には「私の隠れ場」に逃げ込むのが一番です。

主は、決して見捨ません。たとえ、父と母が見捨てるようなことがあったとしても、主は、見捨てることなく、救ってくださるのです。主イエスに信頼するのが、一番良い方法です。ぜひ、ダビデが知っていた「私の隠れ場」を、持って頂きたいと思います。

☆受験生のために、お祈りしています。

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2月9日(日) 午前10時~11時30分 主日礼拝

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「新しく生まれる Born Again」
ヨハネ3章1~16節

イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに言います。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」・・・「まことに、まことに、あなたに言います。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできません。 肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。風は思いのままに吹きます。その音を聞いても、それがどこから来てどこへ行くのか分かりません。御霊によって生まれた者もみな、それと同じです。」

キリストを信じて救われるというのは、「洗礼を受ける」「教会のメンバーになる」と言うこと以上のことです。「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」と、主イエスは言われました。これを「新生」と言います。人の内面が、新しくされるのです。人の外側(肉体)は、衰えて行き、終わりを迎えます。しかし、「魂が新しく生まれる」経験を通った人は、永遠のいのちに与っているのです。

このことは、人の頭、理性では理解することができません。ニコデモは「人は、老いていながら、どうやって生まれることができますか。もう一度、母の胎に入って生まれることなどできるでしょうか。」と、全く的外れな受け答えをしています。しかし、理屈は、分からずとも、主イエスを信じるとき、御霊によって、新しく生まれるのを経験するのです。信じてみたら、分かります。

40年ほど前に、アメリカのニクソン政権で、特別補佐官をしていたチャック・コルソンという人がいました。目的の為なら、手段を選ばないという冷徹な人物で、悪名高いウオーターゲート事件を起こしました。しかし、逮捕を前に、クリスチャンの友人から贈られたC・S・ルイスの『キリスト教の精髄』を読み、イエスキリストこそ神であると信じ、回心したのです。その後、生き方が全く変わりました。他の人の為に生きる人に変えられたのです。その経緯は「湖浜馨訳『ボーン・アゲイン ウォーターゲート後日物語』いのちのことば社 1979)に、詳しく書いてあります。(残念ながら絶版)

『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。』(ヨハネ3:16)イエスキリストを信じて、「新しく生まれ」てみませんか。第2の人生、永遠のいのちの人生を生きるのです。死んで終わりの人生より、永遠のいのちの希望のある人生の方が、遥かに良い人生だと思います。疑心暗鬼に囚われ、罪の死の影に怯えつつ生きる人生から、信仰の跳躍により、思い切ってイエス・キリストの救いの中に飛び込み、平安と希望をもって、喜んで生きる人生へと変えられてみては如何でしょうか。

☆午後は、スモール・グループと組会があります。
☆玄関に、アルコール消毒を用意しています。熱がある方はご無理なきようお願いします。

☆2月11日(火・祝)は、インマヌエル富士見台教会で、CS講習会があります。ほぼ満席となっておりますが、当日参加も可能です。お昼は、レンズ豆のスープが出ます。おにぎり等は、ご自分でご用意ください。近くのコンビニで調達できます。

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2月2日(日)午前10時~11時30分 ウエルカム礼拝

「罪を赦す力」
マルコ2:3~12

中風の人に『あなたの罪は赦された』と言うのと、『起きて、寝床をたたんで歩け』と言うのと、どちらが易しいか。 しかし、人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたが知るために──。」そう言って、中風の人に言われた。「あなたに言う。起きなさい。寝床を担いで、家に帰りなさい。」すると彼は立ち上がり、すぐに寝床を担ぎ、皆の前を出て行った。それで皆は驚き、「こんなことは、いまだかつて見たことがない」と言って神をあがめた。

「イエス・キリストは「人の子(イエス・イリスト)が、地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたが知るために」と言われました。「罪を赦す権威」とはどのようなものでしょうか。

子どもでもおとなでも、「ごめんね。」「いいよ。赦すよ。」和解する場面は感動的です。「ああ。よかった。」と胸をなでおろします。自分の非を認め、心からお詫びして、その思いが相手に受入れてもらえた瞬間、和解が成り立つのだと思います。

この世の裁判においては、裁判官が、罪の重さジャッジし、その償いとして罰を与えます。罰金であったり、禁固であったり、その刑罰を払い終えると、釈放されます。その場合、「罪を赦す権威」は、誰が持っているのでしょうか。裁判官でしょうか。それとも、原告なのでしょうか。いくら、裁判官から無罪と言われても、被害を受けた原告の赦しがなければ、「罪の赦し」は完結したとは言えないでしょう。

イエス・キリストが持っている「罪を赦す権威」の「赦し」は、ギリシャ語でにアフィエイミと言いますが、辞書によると、主に三つの意味が込められているようです。➀leave(去る)➁forgive(免除する)⓷Suffer(受ける)の三つです。

➀と➁に関して、象徴的な場面が聖書に出てきます。姦淫の現場で捕らえられた女性に対して、群衆は石打にするように訴えました。しかし、主イエスは、黙って地面に何かを書いておられました。訴える人たちに向かって、「あなたがの中で、罪のない人が、最初に石を投げなさい」と言われました。すると、年長者からはじめ、その場を去って行きました。イエスさまは、彼女に「私もあなたを罪に定めない。安心して行きなさい。これからは、罪を犯してはならない。」と言われ、彼女をその場から去らせました。

⓷のsufferについては、まさにキリストの受難 suffering を思い起こします。罪を赦すとは、天と地において一切の権威をもっておられる神のひとり子であるイエス・キリストが、「あなたを罪に定めない。」と言われただけでなく、キリストご自身が、十字架上で、「罪の刑罰を(私達に代わって)受けれらた」ということが含まれているのです。キリストの受難(suffering )がなければ、罪の赦しは成立しません。主イエス・キリストの「罪を赦す権威」は、キリストの十字架という根拠があるのです。

誰でも、イエス・キリストを救い主として信じるなら、罪が赦され、神との和解することができ、安心して生きて行くことが出来ます。あなたも、十字架に掛かられたイエス・キリストの赦しと愛を受け入れ、悔い改めて、赦された者として、安心して生きて行きませんか。どうぞ、ウエルカム礼拝においでください。お待ちしています。

☆聖書、讃美歌備え付けがあります。
☆「救いの体験談」が語られます。
☆礼拝で席上献金のかごが回りますが、する。しない。金額、ごすべてご自由です。

☆お知らせ-2月8日(土)は、ファンファンフィンランド2回目があります。今回は、ミカエルさんと一緒に、シナモンロールを作ります。ご参加をお待ちしています。

☆お知らせ2-2月11日(月)は、富士見台教会でCS講習会です。聖書の暦と、「過越しの祭り」「五旬節の祭り」「仮庵の祭り」の由来、意味が分かると、聖書の理解が深まります。お昼には、エサウがヤコブに「 どうか、その赤いのを、そこの赤い物を私に食べさせてくれ。」(創 25:30)と言った「レンズ豆のスープ」を味わってみましょう。もしかしたら、エサウの気持ちが分かるかも知れません。

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1月26日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

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『キリストにあって一つ』
エペソ4章1~16節

「平和の絆で結ばれて、御霊による一致を熱心に保ちなさい。・・・愛をもって真理を語り、あらゆる点において、かしらであるキリストに向かって成長するのです。キリストによって、からだ全体は、あらゆる節々を支えとして組み合わされ、つなぎ合わされ、それぞれの部分がその分に応じて働くことにより成長して、愛のうちに建てられることになります。」

教会の一致は、御霊による一致です。人は、みな、それぞれ意見を持っていますが、御霊の願いは一つです。教会は、祈りのうちに、御霊に導かれて、一つの思いにされて行きます。強制されてでもなく、頑固に自己主張を続けるのでもなく、主イエスを愛する愛によって、同じ御霊の思いを共有して行くのです。やがて、天の御国では、あらゆる人種を超え、キリストを中心とした、一つの礼拝の民となります。それを可能にするのが、御霊による一致です。

教会は、互いに欠けを補い合い、愛のうちに教会は建てられて行きます。謙遜と柔和を学んで行きましょう。お互いの間に、御霊の一致が深められますように。そのようにして、私たちはみな、神の御子に対する信仰と知識において一つとなり、一人の成熟した大人となって、キリストの満ち満ちた身丈にまで達するのです。主が、ご自身のからだである教会を建て上げて下さいますようにと祈ります。

☆礼拝後、軽食をはさみ、教会総会を行います。会員の方は、ご出席ください。

☆東京教区のCS講習会の参加申し込みは、1月末が締切となっています。

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1月19日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

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「キリストの教会を建てる」
マタイ16章13~19節

『わたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上に、わたしの教会を建てます。よみの門もそれに打ち勝つことはできません。』マタイ16:18

「教会」って、なんでしょうか? 一般的に「教会」というと、ドイツのケルン大聖堂や、バルセロナのサグラダ・ファミリア教会など、尖塔のある大聖堂を思い受かベるかもしれません。しかし、キリスト教の歴史の浅い日本では、普通の家とさほど変わらない小さな家の「教会」も多くあります。「教会」=「会堂」ではありません。ギリシャ語のエクレシアは、「(主によって)呼び集めらた者たち」といいう意味があります。教会は、神によって呼び集められた人たちの「信仰共同体」です。

主イエスが「わたしの教会」と言われたように、「教会」の主宰者は、主なる神、イエス・キリストです。「教会」は、この世の組織とは異なり、信仰を抜きにした多数決や民主主義で、物事や方向性が決まるのではありません。信仰者ひとりひとりが、「かしら」である主イエスに堅く結びつき、神の御心が何であるか、祈りとみ言葉のうちに、深く探り求めて行かなければなりません。主なる神の御心が成就してゆくのが「教会」です。聖書によると、やがて、世界中の「教会」が、ひとつに集められ、「天の御国」の完成へと導かれて行きます。

インマヌエル教会は、1月中に「教会総会」を開くよう、定められています。聖書が教える「教会」とは何であるのか、理解を深めさせていただきたいと思います。2019年の恵みを回顧し、主のよくしてくださったことを忘れずに、感謝しましょう。そして、2020年も「教会」に与えられている特権を、さらに活用して行きたいと願います。主イエスさまは、「わたしはあなたに天の御国の鍵を与えます。あなたが地上でつなぐことは天においてもつながれ、あなたが地上で解くことは天においても解かれます。」と仰いました。この「鍵」とは「信仰」を指しています。

主イエスは、「この岩の上に、わたしの教会を建てる」と言われました。この「岩」とは、神によって与えれた「キリスト信仰」です。主イエスは、「聖人のひとり」とか「偉大な人物」という類の存在ではなく、ペテロが答えたように「生ける神の御子キリスト」という信仰です。これは、天の神ご自身によって明らかにされない限り、分かりません。しかし、ひとたび、イエスさまを信じることができれば、その信仰は、よみも死も打ち勝つことができない人生の「岩」(土台)となります。

「教会」は、キリストの栄光の富で満ちています。素晴らしい可能性を秘めているのです。その輝きを引き出すのは、私達の「信仰」に掛かっています。主は、現代の私達にも「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」と、問うておられます。その問いに、あなたは、どう答えますか。

☆19日の午後は、新年おたのしみ会です。
☆1月26日(日)礼拝後に、深川教会の教会総会を開きます。第1種会員の方は、ご出席をお願いします。

☆1月23日(木)は、おたのしみ絵画教室です。

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1月12日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

「愛を生きる」 Ⅰコリント13章

「こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。その中で一番すぐれているのは愛です。」
(コリント人への手紙 第一 13章13節)

☆メッセージは、伊藤安司伝道師です。(川嶋牧師は新潟教会での御用です)

 

コリント人の教会は仲間割れをしていました。アポロ派、パウロ派、ペテロ派、キリスト派と、そして、民族によっても恵みの違いがあるという声がでていたようです。そのような声をきき、パウロはコリント人へ手紙を書きました。

「さて、兄弟たち、私たちの主イエス・キリストの名によって、あなたがたにお願いします。どうか皆が語ることを一つにして、仲間割れせず、同じ心、同じ考えで一致してください。」(コリント人への手紙 第一 1章10節)

仲間割れをしないための同じ心、同じ考えとは何でしょうか?
それは愛です。愛は個人の思いを統一させることではありません。愛は一致をもたらし、永遠に続いていくものです。その恵みを本日のテキストから学んでいきましょう。

☆午後は、スモールグループ組会です。

☆深川教会の教会総会は、1月26日です。

☆1月13日は、インマヌエル中目黒教会で新年聖会があります。

 

 

 

☆1月18日(土)は午前10時からファンファン・フィンランドです。

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1月5日(日)午前10時~11時30分 新年礼拝

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「あなたがたは世の光です。
あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。」
マタイ5章14~16節

今年、深川教会と釧路教会に与えれた年間標語聖句です。

「あなたがたは世の光です。」これは、十二弟子が任命された直後、ガリラヤ湖の山の上で語られたイエスさまの言葉です。十分訓練された訳でもなく、まだまだ成長途上にあった弟子たちに対して語られました。客観的に見れば、とても「世の光」と言る状態ではありませんでした。しかし、イエス様は、そんな彼らに、「あなた方は世の光となるであろう。」と未来形ではなく「世の光です。」と言われたのです。

いったい、これはどういうことなのでしょうか。「あなた方は、品行方正で、完璧な人格者として、模範を示しなさい。」ということだとしたら、ものすごいプレッシャーです。「とても無理です。」と引いてしまいます。そういう意味ではないと思います。「まことの光」として来られたイエス様を信じる信仰によって、イエス様の光が、私たちの心に灯されるようにしなさい。そして、内側からその光が輝き出るようになりなさい。ということだと思います。

私達に出来る事は、机の下に置かないこと、つまり、「隠さない」ことです。イエス様を信じるとき、私たちのうちに光が与えられています。信仰によって、私達の心とイエスさまの心が一つとなってゆくとき、自ずと、光は輝き出るのです。言葉を換えていうなら、聖霊に満たされることです。聖霊は、油に例えられます。信仰の炎は、聖霊の油注ぎを受けて、明るく燃え続け、自ら輝いて行きます。

「傷のない完璧な栄光」というよりも、「赦され、癒され、弱さを通して表わされる神の栄光」と言えると思います。人々が崇めるようになるのは、「人」ではなく、光を与えてくださった「天の父」です。神のご慈愛、神の赦し、神の憐み、神の愛こそ、この世を照らす光なのです。あまりにも強い光は、まぶし過ぎて、恐れを抱かせます。しかし、私達の弱さを通して、イエス様の光が輝くとき、その光は、同じ悩みや苦しみにある人たちに、希望を与え、励ましを与えるようになるのだと思います。

今年、私達のうちに、聖霊の火が、あかあかと燃やされて行きますように。そして、その光が、私達の思いや、言葉、行いとなって、表現されて行きますように。そうして、ひとりでも多くの方が、イエス様の光を求めて、主に近づいて来ますように。

☆聖餐式があります。
☆午後は、企画運委委員会です。

☆13日(月・成人の日)は、中目黒教会で、新年聖会があります。

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2020年1月1日(水)午前11時~12時 元旦礼拝

ただひとり大いなる不思議を行われる方に。主の恵みはとこしえまで。』詩136:4

 

 

2019年も残すところ、僅かとなりました。今年一年を振り返り、どんな恵みがあったか、静かに思い巡らす時を持ちたいものです。

深川教会に与えられた標語聖句は『共におられる主の救いを見よ』(Ⅱ歴代20:17)でした。信仰は、目に見えないものを確信させるものですが、主の救いは「見える」ものです。与えられたみ言葉は、どう成就したのでしょうか。

今年、隣接地カナン・プロジェクトがスタートしました。教会の間口が広がり、本当にアクセスしやすくなりました。それに伴い、これまで以上に、多くの方が教会に足を運んで下さいました。バザー、オープンカフェ、おたのしみ絵画教室、ファンファンシリーズも、イングリッシュから始まり、チャイニース、ジャパニーズ、そして、来年はフィンランド、インディアが予定されており、バリエーションが豊かになって来ています。

信徒の皆さんの祈りと、大きな犠牲を払って捧げてくださった献金が、宣教の為に豊かに用いられるのを見ることができるのは、大きな喜びです。これらのことは、まさに「水を汲みし僕」の特権でしょう。

しかし、これは、始まりに過ぎません。主の御業は、これから、ますます進展して行きます。Ⅱ歴代20:17の後半には『恐れてはならない。・・・あす、出陣せよ。』と言われています。私達は、今年、主の救いのほんの一部を「見せて」いただきました。しかし、「全部」ではありません。神さまは、ヨシュアに『占領すべき地は非常にたくさん残っている。』と言われました。

私達キリスト者は、信仰の目を上げて、前に向かって進み行くのみです。神様は、ただひとり大いなる不思議を行われる方であり、その恵みはとこしえにあります。アブラハムは、神さまから『わたしが示す地に行きなさい。』と言われ、信仰をもって踏み出しました。そして、約束通りに、祝福の基となりました。

一年の恵みを数え、主に感謝を捧げ、2019年を後にして、信仰と希望をもって、新しい年に踏み出したいと思います。来る年、何が待っているのでしょうか。主に期待して、信じて、進ませて頂きましょう。

☆2020年の元旦礼拝は、1月1日(水)午前11時~12時です。神さまの祝福を頂いて、スタートしましょう。お待ちしています。

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12月29日(日)午前10時~11時30分 年末感謝礼拝

2019年を締め括る礼拝です。
説教者は、信徒伝道者の齋藤純雄兄です。

『我らを愛したもう者により、勝ち得て余りあり』
ローマ人への手紙8章18~39節

「しかし、これらすべてにおいても、私たちを愛してくださった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です。 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いたちも、支配者たちも、今あるものも、後に来るものも、力あるものも、 高いところにあるものも、深いところにあるものも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」

☆聖餐式があります。
☆礼拝後、大掃除をします。主の宮をきれいに掃除して、新しい年を迎えたいと思います。ご協力、よろしく、お願いいたします。
☆昼食の用意はございません。
☆クリスマス・年末感謝献金実施中です。ご協力をお願いいたします。
☆1月1日元旦礼拝は、午前11時~12時です。神の祝福を受けて、新しい年をスタートしましょう。皆さまのおいでをお待ちしています。

 

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12月22日(日)午前10時~11時30分 クリスマス礼拝

「クリスマス-すべての人への喜びの知らせ」
ルカの福音書2章8~17節

御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。 あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。」

クリスマスは、すべての人への喜びの知らせです。生きていると、辛いこと、悲しいこと、頭にくること、いろいろなネガティブな感情も味わいます。怒りや妬みは、感謝や喜びを奪い、人生を暗くします。しかし、神さまが与えてくれる「喜び」は、心を明るくし「生きる力」となります。これまで、どのような人生を歩んで来たとしても、今、どういう立場にあったとしても、イエス・キリストは、私達の「喜び」となるのです。

羊飼いたちは、社会の底辺に生きる人たちでした。社会を下から支えているのに、一度も脚光を浴びたことがありませんでした。「我らは、忘れられているのか?真面目に働いても、報われないのか?」そんな諦めた思いを持って生きていたかもしれません。しかし、その羊飼いたちに一番最初にクリスマスの知らせが届けられました。「神は、我らを忘れてはいない。ちゃんと覚えていてくださった。」諦めと失望は、次第に、喜びに変わって行きました。

東方の博士たちは、いわばエリートであり、真理を探究する人たちでした。彼らは、長い間、まことの光、真理を求めて来ました。そして、ついに、不思議な星に導かれ、救い主と出会ったのでした。探していたものが見つかったとき、喜びがあふれてきます。「星が、彼らの先に立って進み、ついに幼子のいるところまで来て、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。」神さまは、あなたを導いておられます。目を上げて、神の導きを見つけてみませんか。

マリアの人生に、自分の理解を超えたことが起りました。聖霊によって、救い主を身ごもったのです。最初、マリアはたいへん、恐れ、そして戸惑いました。無理もありません。しかし、次第に、自分の身に起ったことの意味が分かるにつれ、大きな喜びに変わって行きました。マリアは、こう賛美しています。「今から後、どの時代の人々も私を幸いな者と呼ぶでしょう。力ある方が、私に大きなことをしてくださったからです。」神は、あなたの人生にも「大いなる救い」を用意しておられます。

全ての人に共通する喜びがあります。それは、罪と死の縛りから、解放された喜びです。救い主イエス・キリストは、神さまと、私達の間の仲介者となって下さいました。イエスさまを信じるとき、神の子どもとされ、神の愛と慈しみの中に、いのちの交わりが回復されます。イエス・キリストは、力強い私の味方、ワンダフル・カウンセラーとなって下さいます。もはや、ひとりで悩む必要がありません。インマヌエル-神が我らと共におられるのです。

クリスマスは、全ての人に対する喜びの知らせです。共に、救い主の御降誕を喜び、祝いませんか。クリスマス礼拝に、どうぞ、おでかけください。お待ちしています。

☆礼拝において、転入会式を持ちます。

☆午後4時から、キャンドルサービスがあります。初めての方も、歓迎いたします。

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2019年12月22日(日)午後4時~ キャンドルサービスのお知らせ

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2020年 ファンファン・フィンランド開催のお知らせ

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2020年1月・2月 おたのしみ絵画教室のお知らせ

好評につき、2020年1月、2月にも開催します。

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12月15日(日)午前10時~11時30分 アドベントⅢ礼拝

「キリストの貧しさによって富む者と」
Ⅱコリント8章1~9節

「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」

神の御子イエス・キリストは、天の御座から降りて、人となり、飼葉桶にお生まれ下さいました。ここに「キリストの謙卑」を見ます。「あなたの右の手は私を支えあなたの謙遜は私を大きくします。」(詩 18:35)とダビデ王が詠っていますが、キリストが貧しくなられたことによって、仕切の幕は取り除かれ、誰でも、大胆に近づくことができ、救いに与ることが出来るようになりました。

私達は、偉い人、正しい人には、尊敬はしても、あまり親しみは持てません。積極的に近づきたいとは思わないでしょう。ましてや、全知全能の神、義なる神は、畏れ多くてとても近づけません。しかし、その神様が、事もあろうに、赤ちゃんとして、しかも、飼葉桶に寝ておられるみどりごとして、来て下さったのです。無防備な幼子に、こちらも警戒するどころか、喜んで近づいて行くことでしょう。

「主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」これが、クリスマスの恵みです。同じ神なのに、近づき易さが、まるで違います。イエスキリストを信じるとき、飼葉桶のような、私達の心に、主は来て下さいます。どんな貧しい場所であっても、主イエス・キリストがおられるところは、世界で最も豊かな場所となるのです。

私達は、みな、豊かになりたいと願っています。でも、「本当の豊かさ」って何でしょうか。お金持ちになること。社会的なステータスを得ること。皆から称賛されること。それらが「豊かになる」ということでしょうか。そうではないと思います。「神がともにおられること」それが、真の豊かさであると聖書は教えています。キリストがおられるとこには、愛があり、喜びがあり、希望があるのです。

クリスマス、天の御座を降りて、私達のところに来てくださった救い主イエスキリストを、私達の心に迎えませんか。「キリストの貧しさによって富む者となる」恵みを、ぜひ、味わって頂きたいと思います。クリスマスの祝福をお祈りいたします。クリスマス、どうぞ、教会にお出かけください。お待ちしています。

☆礼拝の中で、洗礼式を予定しています。
☆午後から、ジョイフル・クリスマスです。今年は、ONE TEAM の生誕劇をお見せします。ご期待ください。

☆今週19日(木)午前10時30分から、ファンファンチャイニーズがあります。中国語をかじってみたい方も歓迎します。

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12月8日(日)午前10時~11時30分 アドベント礼拝Ⅱ 

「ONE TEAM 」
エペソ1章1~12節

「神は、みこころの良しとするところにしたがって、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。それは、神がその愛する方にあって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。 このキリストにあって、私たちはその血による贖い、背きの罪の赦しを受けています。これは神の豊かな恵みによることです。この恵みを、神はあらゆる知恵と思慮をもって私たちの上にあふれさせ、みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。その奥義とは、キリストにあって神があらかじめお立てになったみむねにしたがい、時が満ちて計画が実行に移され、天にあるものも地にあるものも、一切のものが、キリストにあって、一つに集められることです。またキリストにあって、私たちは御国を受け継ぐ者となりました。すべてをみこころによる計画のままに行う方の目的にしたがい、あらかじめそのように定められていたのです。」

今年の流行語大賞に「ONE TEAM」が選ばれました。ラクビーのワールドカップが開かれ、日本チームの活躍に国中が沸いた年でした。巷では、にわかラグビーファンも急増したようです。あの、どこに飛んで行くか分からない、楕円のボールを使って、しかも前にパスしてはいけないというルールが、この不確定性の時代にマッチしているのかもしれません。

「ONE TEAM」は、チームワークによって勝利する感動を教えてくれました。今回、南アフリカのチームが勝利したことは、大変意義深いことであったと思います。南アフリカ共和国は、アパルトヘイトによって、国が分断されてきた、悲しい歴史があります。その為に第1回とだ2回のラクビーW杯には参加できませんでした。マンデラ大統領は、自国W杯開催を前に「ワンチーム・ワンカントリー」をスローガンに、和解を解いて回ったそうです。やがて、同国にとってラクビーは、「アパルトヘイトの象徴」から「人種融和の象徴」となりました。

その原動力となったのが、デイモンド・ツツ大司教(1984年ノーベル平和賞受賞)をリーダーとする黒人キリスト教の働きでした。ツツは、聖書の教えに基づき、和解と共生を訴えて行き、1985年には、反アパルトヘイトを支持するキリスト者たちによって「カイロス文書」が公刊されました。

ラクビーの魅力の一つは、肌の色の違いや、文化を超えてワンチームとなるところにあると思います。釜石で、台風19号の片付けのボランティアをしていた、ある選手は、「ラクビーには試合で勝つことよりも大切なものがある」と話していました。それは、「人を愛すること」「共に生きること」ではないでしょうか。

エペソ1:10「時が満ちて計画が実行に移され、天にあるものも地にあるものも、一切のものが、キリストにあって、一つに集められることです。」とあります。神さまの壮大な計画です。やがて、あらゆる民族、国語、すべての人が、キリストにあって、ONE TEAM となる日が来るというのです。

聖書は、クリスマスは、その最初のステップだと言います。時(カイロス)が満ちて、キリストの十字架の赦し、贖いのスピリットが、世界を覆う日が来る。その希望を胸に、私達は、平和を作る者でありたいと思います。

クリスマスの祝福をお祈りいたします。
日曜日、礼拝においでください。

報告1-おたのしみ絵画教室、今回も充実していました。少しづつ、上達している気がします。光と影のグラデーションが大事だと教わっています。好評につき、1月と2月にも開催する予定です。

 

 

 

 

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