いつまでも残るものは信仰と希望と愛です―キリストを信じるという生き方ー

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マタイ8章5~9節、13節
5 イエスがカペナウムに入られると、ひとりの百人隊長がみもとに来て、懇願して、
6 言った。「主よ。私のしもべが中風で、家に寝ていて、ひどく苦しんでいます。」
7 イエスは彼に言われた。「行って、直してあげよう。」
8 しかし、百人隊長は答えて言った。「主よ。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。ただ、おことばを下さい。そうすれば、私のしもべは直ります。
9 と申しますのは、私も権威の下にある者ですが、私自身の下にも兵士たちがいまして、そのひとりに『行け』と言えば行きますし、別の者に『来い』と言えば来ます。また、しもべに『これをせよ』と言えば、そのとおりにいたします。」

13 それから、イエスは百人隊長に言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどその時、そのしもべはいやされた。

イエス様が、イスラエルの間にもこれほどの信仰は見たことがないと驚かれた、ローマの百人隊長の信仰である。その特徴は、

①愛
「主よ。私のしもべが中風で、家に寝ていて、ひどく苦しんでいます。」上下関係のはっきりしている軍隊において、上官が部下の痛みを、自分の痛みとして感じていた。そして、かわいそうに思い、どうにかして直してあげたいと願った。自分の為ではなく、しもべの為に、イエス様のところに行って懇願した。祈りの動機は「愛」であった。

②謙遜
「主よ。あなたを私の屋根の下にお入れする資格は、私にはありません。」イエス様が「行って、直してあげよう。」と言われたのに、百人隊長は、「わざわざ、家にまで来ていただくのに、私は、ふさわしい者ではありません。」と言った。自分が異邦人であるので、遠慮したのであろうか、それとも、もっと他に重症の人たちがいるから、あまりお手間を取らせてはいけないと思ったのであろうか。いや、天においても、地においても一切の権威を持つお方に対して、畏敬の念を抱いたいたのだと思う。

③おことばの権威
「ただ、おことばを下さい。そうすれば、私のしもべは直ります。」神様のおことばには権威があることをよく承知していた。
現代の私たちも教えられる。私たちは、聖書のみことばの権威を、どのくらい認めているだろうか。マリヤのように、「おことば通りに」なると信じているだろうか。

「そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。」イザヤ 55:11

それから、イエスは百人隊長に言われた。「さあ行きなさい。あなたの信じたとおりになるように。」すると、ちょうどその時、そのしもべはいやされた。

改めて、神様のおことばに信頼してみよう。