いつまでも残るものは信仰と希望と愛です―キリストを信じるという生き方ー

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東京湾と富士山

「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。それゆえ、われらは恐れない。」(詩 46:1、2)

一寸先は闇と言われるこの世において、誰しもが不安を抱えて生きています。世の中を知れば知るほど、希望は、やみの深さに飲み込まれて行きそうになります。しかし、詩聖は、「それゆえ、われらは恐れない。」と言います。これは、すごいことだと思います。

その理由、根拠は、「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。」だからです。私達はみな、苦しみや、試練を通らなければなりません。弱い人間ですから、そう思っただけで、恐れに苛まされます。しかし、苦しみの中に、「助け」があるのです。いや、その「苦しみ」の中でなければ知り得ない、主イエス・キリストの助けが用意されています。

これまで、私達は、その「助け」を幾ばくかでも味わって来ました。過去を振り返って、幾つもの場面を、思い出すことが出来ます。あの時も、ああ、あの時も、主は助けてくださったではないかと。これから先も、同じです。主は、変わることなく、常に、われらの避け所、また、力です。たとえ、苦しんでも、そこに最もふさわしい助けが用意されています。

それゆえ、われらは恐れません。そう思うと、希望が湧いて来ます。今度は、どんな助けが用意されているのでしょうか。きっと、今まで知らなかった「助け」でしょう。その「助け」を経験するごとに、私たちの信仰は、強くされて行くのです。今日も、主の「助け」を体験できますように。