7月28日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

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「人には負うべき自分の十字架がある」
マルコの福音書8章31~37節

「だれでもわたしに従って来たければ、自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。自分のいのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音のためにいのちを失う者は、それを救うのです。 人は、たとえ全世界を手に入れても、自分のいのちを失ったら、何の益があるでしょうか。 自分のいのちを買い戻すのに、人はいったい何を差し出せばよいのでしょうか。」

「隣の芝生は青く見える」と言われます。生きることがしんどく感じる時、他の人の人生が楽しそうに見え、うらやましいと思うことがるかもしれません。もし羽があったら、別のところに飛んで行きたいと思う時があるかもしれません。しかし、聖書は、人には、それぞれ「負うべ自分の十字架がある」と言います。「出来るだけ楽をして生きたい。」これは、人間の本性なのでしょうか。しかし、イエス様は、そこには「いのちの輝きはない。」と仰います。人生の本当の満足は、神が背負わせてくださる「自分の十字架」を負って、主に従って行くときにのみ得られるというのです。これは、逆説的な真理です。

「だれでもわたしに従って来たければ、自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい。」もし「自分の十字架は重過ぎる。疲れてしまった。」と感じることがあったら、主イエスの十字架のともに行き、荷をおろして休みましょう。主イエスの十字架のもとにだけ、重荷を下ろすことができます、イエスさまは、私たちの疲れを癒し、重荷を再調整し、背負わせてくださいます。イエス様が負わせてくださる「くびき」は負いやすく、その荷は軽いのです。狭い小道を辿る身であっても、感謝と喜びにあふれた人生を行くことができます。

☆礼拝に、どうぞ、おいでください。

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