10月13日(日)午前10時~11時30分 召天者記念礼拝

「キリストの再臨と愛する者との再会」
Ⅰテサロニケ5章13~18節

「イエスが死んで復活された、と私たちが信じているなら、神はまた同じように、イエスにあって眠った人たちを、イエスとともに連れて来られるはずです。・・・ すなわち、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、主ご自身が天から下って来られます。そしてまず、キリストにある死者がよみがえり、それから、生き残っている私たちが、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うのです。こうして私たちは、いつまでも主とともにいることになります。ですから、これらのことばをもって互いに励まし合いなさい。」

人は、死んだらどうなるのか。どこへ行くのか。知らずに、生きている人が多いと思います。死は、誰も避けて通れない問題であるにも関わらず、普段は、あまり考えないようにしているのではないでしょうか。それは、「考えてもどうしようもない問題だ」と、諦めているからだと思います。確かに、死は、絶望であり、慰めようがない悲しみです。

しかし、イエスキリストは、死を「絶望」ではなく、「眠り」に変えてくださいました。キリストは、十字架の死によって、罪の贖いを成し遂げ、三日目に蘇り、死に勝利されました。罪という死のとげは、キリストの十字架に打ち込まれ、信じる者にとって、死は、「絶望・断絶」ではなく、「眠り」となりました。キリストを信じる者は、肉体は死んで滅びても、魂は、キリストの安息の中に守られ、やがて「栄光の体」(不死を着た)からだに、復活するのです。

やがて、定められた時に、イエス・キリストは、再び、地上に来られます。その時、主にあって眠った人たちは、復活に与り、キリストとともに来られます。先に天に召された、愛する人たちと、「再会」を喜び合うようになるのです。これが、聖書が示す希望です。クリスチャンにとって、死は、「終わり」や「絶望」ではありません。永遠のいのちの始まりに繋がっているのです。先に召された人たちは、しばらく、イエスにあって眠っていますが、やがて、復活の朝を迎えます。召天者記念礼拝では、キリストの再臨と、愛する者ととの再会という希望を確認します。

☆午後の墓前記念会は、中止といたします。台風が過ぎ去ると思われますが、道路状況や、被害状況が分かりませんので、13日は「中止」とさせて頂きます。
☆予報では、13日の日曜礼拝時には、台風は過ぎ去っているようですが、無理をせず、無理と判断した場合は、ご家庭で礼拝をお守りください。
☆情報に注意し、早めの対応に心がけましょう。

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