11月24日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝・献児式

「飼葉桶に寝ているみどりご」
ルカ2章1~12節

『ところが、彼らがそこにいる間に、マリアは月が満ちて、 男子の初子を産んだ。そして、その子を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。』

救い主イエス・キリストは、飼葉桶にお生まれになりました。この飼葉桶は、この世の最も低いところを表す「しるし」です。宿屋が満員だったからではありません。父なる神は、最愛のひとり子を、王宮のベットではく、羊やロバの餌である干し草を入れておくための飼葉桶を、わざわざ選んで誕生させてくださったのです。ここに、救い主の秘密が隠されています。

救い主の誕生は、すべての人にとって「喜びの知らせ」です。王や博士たちから、野原で夜勤をしている羊飼いたちまで、あらゆる人を、下から持ち上げるようにして救ってくださるのです。すべての人の生きる苦悩を知り、真理を押し付けるのではなく、私達と同じ目線に立って、深い憐みと愛をもって、赦しを与え、共に歩んで下さる救い主です。その為に、貧しさや、人の嘲りや、理解されないことの辛さといったことも、私達と同じように経験しなければなりませんでした。飼葉桶は、その象徴です。

私達は、子どもをどのように育てるでしょうか。できるだけ、楽に生きることができるように、快適な道を備えてあげたいと思います。それが、親の思いです。しかし、父なる神は、御子イエスを、飼葉桶に生まれるようにされました。生きる苦しみを知るためです。私達は、自分の体験したことがないことは、なかなか、理解できません。人が苦しんでいても、どうしてそれが辛いのか分からないのです。たぶん、いじめや、パワハラも同様な理屈ではないかと思います。しかし、自分が痛みを通った人なら、相手の痛みに同情できるでしょう。病気を経験した人は、病気の人の気持ちが、分かるとよく分かると思います。

私達は、すべてを経験することは出来ませんが、人の苦しみや痛みを想像できるくらいの経験は、必要なのではないかと思います。成功すること、上手く行くことだけが祝福なのではありません。失敗、痛み、苦しみも、また、神の恩寵です。それは、他の人を愛するようになるためです。人間にとって、最も価値のある「愛」は、苦しみを通って生まれてきます。だから、子どもを神の手にゆだねます。神さまが、ちょうど良い道を歩ませてくださるよう、祈ります。余計な手助けをして、それを邪魔してはならないのです。もし、子どもが苦しみを通ることがあるなら、すぐに手を出す代わりに、忍耐をもって祈り続けます。「飼葉桶にねているみどり子」は、そのしるしです。

☆礼拝の中で、献児式が持たれます。
☆礼拝後、アドベントを迎える準備をします。
☆クリスマスのチラシ配布の予定ですが、天候によって、臨機応変にしたいと思います。

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