12月1日(日)午前10時~11時30分 アドヴェント礼拝Ⅰ

「わたしは喜んで歳を取りたい」

ルカ2章25~38節
『そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルが慰められるのを待ち望んでいた。また、聖霊が彼の上におられた。そして、主のキリストを見るまでは決して死を見ることはないと、聖霊によって告げられていた。・・・ シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。 「主よ。今こそあなたは、おことばどおり、しもべを安らかに去らせてくださいます。 私の目があなたの御救いを見たからです。』

「お互い、歳は取りたくないものですね。」という会話が、よく、交わされます。目はかすみ、耳は遠くなり、足腰の痛み、物忘れ、すべての人が通る「老化現象」です。確かに「しんどい」のです。私達は、「歳をとる」ことを、どう捉えたらよいのでしょうか。

この度、ドイツの老牧師であった、イェルク・ツィンクさんが、「わたしは、よろこんで歳をとりたい」(こぐま社)から出版され、話題となっています。折しも、82歳のローマ教皇フランシスコが来日され、ニュース等で、その輝いた姿に、大きな励ましと希望を得たことです。

「老いを生きるとは、人生の4番目の季節を生きることだ。私達は、その季節を1歩1歩知って行く」とツィンクは、書いています。人が、歳をとるという事は、果たして嫌なことなのか。それとも、感謝なことなのか。それは、「老いの意味」を深く悟ることによって、違ってくるのではないかと思います。

聖書に出てくるシメオンもアンナも歳をとっていました。シメオンの賛歌「ヌンク・ディミティス」は「しもべを安らかに去らせてくださいます。」のラテン語に由来します。歳をとっても感謝と祈りと賛美にあふれた人生を送ってきました。心は、キリストの慈愛にあふれ、子どもたち、子孫の慰められることを祈ることが日課となっていました。幸せに歳をとり、安らかに走り終える人生を、シメオンとアンナの「老後」に見ることができます。それは、すべて、救い主キリストの恵みによるものです。どうぞ、アドベントの礼拝においでください。

お知らせ1⇒12月5日(木)は、おたのしみ絵画教室3回目です。

 

 

 

お知らせ2⇒2019年OPEN CAFE は、大盛況のうちに終了しました。売上金の中から、台風19号の被害に遭われた方々へのお見舞いを送らせて頂きます。

 

 

 

お知らせ3⇒ジョイフルクリスマスは、クリスマスの聖誕をオペレッタで上演します。今年も、練習が積まれてきました。どうぞ、ご予定にお加え下さい。

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