救いに入る門 

CIMG1671 (640x405)M130804 救いに入る門 ヨハネ10章1~18節

1、良き羊飼い
11節 わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。

「わたしは、良い牧者です。」牧者とは、羊飼いです。聖書ではよく、私たちが羊に、イエスさまが羊飼いに例えられています。日本では、「あなたの職業は何ですか」と答える欄に「羊飼い」というのは見たことがないですね。しかし、当時のイスラエルでは、「羊飼い」は非常にポピュラーな職業でした。モーセは、40歳から80歳まで、しゅうとイテロの羊を飼っていましたし、ダビデは、王として油注ぎを受ける前に、羊飼いをしていました。イスラエルでは、羊飼いは、よく知られた職業でした。

羊飼いの仕事は、まさに3K「きつい、汚い、危険」だそうです。私たちは、北海道の羊ケ丘のような牧歌的な風景を思い浮かべますが、イスラエルの羊飼いたちは、急な斜面が続く、ごつごつした岩場を、草のある場所を求めて、移動して行かなくてはなりませんでした。足を踏み外してしまったり、荒野に迷い込んでしまう危険性もありました。また、熊や狼、強盗が羊たちを狙っていました。ですから、羊飼いは、いつも、羊たちの安全に気を使っていなければなりませんでした。

夜になると、羊飼いは、羊たちを1匹1匹、柵の囲いの中に入れます。その時、羊の数を数えます。羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹、眠れないからではなく、全員無事かどうか確かめるためです。羊が4匹、羊が5匹、羊が99匹、おや1匹足りない。そうしますと、99匹をそこに残して、1匹を捜しに出かけるのです。

モーセがイテロの羊を飼っていたときの逸話が残っています。1頭の山羊がいなくなりました。モーセが山羊を捜して、深い谷底までやってくると、山羊が泉から水を飲んでいました。モーセは、山羊のところに行き、「そうか。お前は喉が渇いていたのか。それで、こんなとこころまで来たんだね。さぞ疲れたことだろう。」そう言って、叱りもせず、小さな山羊を肩にかついで、連れ戻したそうです。

イエスさまは、仰いました。「わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。」イエスさまは羊飼い、私たちは羊に例えられます。羊に例えられるのは、心外だと言う方もおられるかもしれませんが、私は、イエスさまが、ご自分のいのちさえ捨てて愛してくださる良き羊飼いであることを知ったとき、この方が、神様でほんとうに良かったと思いました。

おおよそ、この世の権力者は、「人」よりも「利益」を優先します。もし、神さままでも、そのようなお方だとしたら、この世界に何の希望があるのでしょうか。しかし、イエスさまは、「羊のためにいのちさえも捨ててくださる良き牧者」なのです。良き牧者であるイエスさまは、何をさておいて、わたしたちひとりひとりを大事にしてくださるのですね。本当にありがたいことです。

2、門を通って入る
9節 わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。

ここに出てくる「門」は、2つの意味で使われています。最初に出てくる門は、イエスキリストが通られた門です。1、2節に「羊の囲いに門から入らないで、他のところを乗り越えて来る者は、盗人で強盗です。しかし、門から入る者は、その羊の牧者です。」とあります。この門は、旧約聖書にずっと預言されていた、ほんとうの救い主だけが通れる門です。イエスキリストは、人類の歴史に突如現れたのではなく、旧約聖書が2千年に亘り、ありとあらゆる角度から、やがて、このような救い主が来ます。と預言し続けてきた救い主です。その上、十字架と復活という、非常に狭い門を通り、私たちのところに真の救い主として来てくださいました。この門は、ほんとうの救い主しか通ることが出来ない門なのです。

「イエスキリストを信じても大丈夫だろうか。うまいことを言って、だまされているんじゃないか。」そんな心配をされる方もおられるかもしれません。イエスさまは、歴史的にも、倫理的にも、人格的にも、人間が確かめうる、ありとあらゆる条件をクリアーした救い主です。ですから、どうぞ、イエスさまを信じて、思い切って、イエスさまの救いの中に飛び込んで頂きたいと思います。

この門のもうひとつの意味は、「イエスキリストこそ、私たちが救いに入る門」ということです。9節 「わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。」イエスさまは、「わたしは門です」と仰いました。このイエスさまを通って入るなら、誰も救われるのです。

なぜ、イエスさまこそ、天の御国の正式な入口と言えるのでしょうか。誰も、罪をもったまま、天国に入ることは出来ません。天の御国は、全く罪のないきよい場所です。イエスキリストの十字架によって罪を赦していただき、キリストの十字架の血潮によって、罪をきよめていただかないと、天の御国に入ることは出来ません。

イエスさまが、私たちの罪を赦すために、十字架に掛かり、代わりに罰を受けてくださったので、イエスキリストを信じる人は、罪が赦されます。また、イエスさまが、十字架の上で流してくださった血潮によって、私たちの心はきよめられます。イエスさまを信じるなら、救いに入るのです。

3、名前を呼んでおられる
3~5節  門番は彼のために開き、羊はその声を聞き分けます。彼は自分の羊をその名で呼んで連れ出します。彼は、自分の羊をみな引き出すと、その先頭に立って行きます。すると羊は、彼の声を知っているので、彼について行きます。しかし、ほかの人には決してついて行きません。かえって、その人から逃げ出します。その人たちの声を知らないからです。

イスラエルでは、羊飼いは、羊1匹1匹に名前を付けて、名前で呼ぶそうです。羊も、羊飼いの声を知っていて、ついて行くのだそうです。知らない人には、着いて行きません。神さまは、私たちひとりのことをすべてご存知です。頭の髪の毛の数さえご存知です。私たちの口から言葉が出る前に、心で思っていることもご存知です。イエスさまは、私たちの悩みも、悲しみも、苦しみも、すべてご存知なのです。

皆さんは、イエスさまに名前を呼ばれていることに気が着いておられるでしょうか。「さあ、わたしのところに来なさい。」とイエスさまは、招いておられます。14節で「わたしはわたしのものを知っています。また、わたしのものは、わたしを知っています。」とありますように、ほんとうは、私たちは、イエスさまの声を知っているのです。しかし、あまりにたくさんの世の声にかき消されて、イエスさまの声が聞こえなくなってしまいました。心の耳を澄ませて、聖書を読んでみてください。イエスさまに心の耳を傾けるなら、イエスさまの声が分かります。

イエスさまは、天の御国の門です。イエスさまを信じる人は、救われます。自分の努力や、行いによっては、天の御国に入ることは出来ません。人は、イエス・キリストを信じる信仰によってのみ、天の御国に入ることが出来ます。どうぞ、イエスさまという門を通って、救いの中にお入りください。

4、豊かな命を持つ
10節  盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。

イエスさまの救いの中に入ると、そこには、豊かないのちがあります。聖霊が与えてくださる神のいのちです。このいのちは、地上の生活で終わってしまういのちではなく、死のあとにも続いて行く「復活のいのち」、すなわち、「永遠のいのち」です。イエスさまを信じる人は、永遠のいのちに与るのです。

よく「四苦八苦しながら生きています。」と聞きます。四苦とは、「生きる苦しみ」「老いる苦しみ」「病の苦しみ」そして「死の苦しみ」という4つの苦しみだそうです。それだけでもう十分ですが、更に「親愛な者との別れの苦しみ」愛別離苦、「恨み憎む者に会う苦しみ」怨憎会苦、「求めているものが得られない苦しみ」求不得苦「心身を形成する五つの要素から生じる苦しみ」五蘊盛苦が加わるそうです。人は、本当に、たくさんの苦しみを抱えて生きているのですね。

しかし、イエスさまを信じるとき、四苦八苦から救われます。「生きる悩み」は確かにありますが、共に重荷を負ってくださるイエスさまが一緒にいてくださる生涯です。もう、ひとりで悩むことはありません。いつでも、イエスさまに相談し、イエスさまから助けと励ましを頂くことが出来ます。「老いる苦しみ」は確かにありますが、クリスチャンにとって、「老いる」ことは、イエスさまにお会いする日が近づいている希望の日々でもあります。「病の苦しみ」を通りますが、イエスさまは癒し主です。そして、「死の苦しみ」ですが、死はイエス・キリストの復活によって、解決されました。もはや、死は怖くはありません。死んでも、永遠のいのちがあるのです。

これらの救いは、絵に描いた持ちではなく、この世にあって、経験できるものです。永遠のいのちを持って生きるって、本当に素晴らしいことです。何があっても、イエスキリストにある永遠のいのちの希望が失われることがありません。試練や、悩みはあっても、深い平安のうちに、感謝と喜びをもって導かれて行くのです。

9~10節 わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。

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