1月19日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

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「キリストの教会を建てる」
マタイ16章13~19節

『わたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上に、わたしの教会を建てます。よみの門もそれに打ち勝つことはできません。』マタイ16:18

「教会」って、なんでしょうか? 一般的に「教会」というと、ドイツのケルン大聖堂や、バルセロナのサグラダ・ファミリア教会など、尖塔のある大聖堂を思い受かベるかもしれません。しかし、キリスト教の歴史の浅い日本では、普通の家とさほど変わらない小さな家の「教会」も多くあります。「教会」=「会堂」ではありません。ギリシャ語のエクレシアは、「(主によって)呼び集めらた者たち」といいう意味があります。教会は、神によって呼び集められた人たちの「信仰共同体」です。

主イエスが「わたしの教会」と言われたように、「教会」の主宰者は、主なる神、イエス・キリストです。「教会」は、この世の組織とは異なり、信仰を抜きにした多数決や民主主義で、物事や方向性が決まるのではありません。信仰者ひとりひとりが、「かしら」である主イエスに堅く結びつき、神の御心が何であるか、祈りとみ言葉のうちに、深く探り求めて行かなければなりません。主なる神の御心が成就してゆくのが「教会」です。聖書によると、やがて、世界中の「教会」が、ひとつに集められ、「天の御国」の完成へと導かれて行きます。

インマヌエル教会は、1月中に「教会総会」を開くよう、定められています。聖書が教える「教会」とは何であるのか、理解を深めさせていただきたいと思います。2019年の恵みを回顧し、主のよくしてくださったことを忘れずに、感謝しましょう。そして、2020年も「教会」に与えられている特権を、さらに活用して行きたいと願います。主イエスさまは、「わたしはあなたに天の御国の鍵を与えます。あなたが地上でつなぐことは天においてもつながれ、あなたが地上で解くことは天においても解かれます。」と仰いました。この「鍵」とは「信仰」を指しています。

主イエスは、「この岩の上に、わたしの教会を建てる」と言われました。この「岩」とは、神によって与えれた「キリスト信仰」です。主イエスは、「聖人のひとり」とか「偉大な人物」という類の存在ではなく、ペテロが答えたように「生ける神の御子キリスト」という信仰です。これは、天の神ご自身によって明らかにされない限り、分かりません。しかし、ひとたび、イエスさまを信じることができれば、その信仰は、よみも死も打ち勝つことができない人生の「岩」(土台)となります。

「教会」は、キリストの栄光の富で満ちています。素晴らしい可能性を秘めているのです。その輝きを引き出すのは、私達の「信仰」に掛かっています。主は、現代の私達にも「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」と、問うておられます。その問いに、あなたは、どう答えますか。

☆19日の午後は、新年おたのしみ会です。
☆1月26日(日)礼拝後に、深川教会の教会総会を開きます。第1種会員の方は、ご出席をお願いします。

☆1月23日(木)は、おたのしみ絵画教室です。

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1月12日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

「愛を生きる」 Ⅰコリント13章

「こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。その中で一番すぐれているのは愛です。」
(コリント人への手紙 第一 13章13節)

☆メッセージは、伊藤安司伝道師です。(川嶋牧師は新潟教会での御用です)

 

コリント人の教会は仲間割れをしていました。アポロ派、パウロ派、ペテロ派、キリスト派と、そして、民族によっても恵みの違いがあるという声がでていたようです。そのような声をきき、パウロはコリント人へ手紙を書きました。

「さて、兄弟たち、私たちの主イエス・キリストの名によって、あなたがたにお願いします。どうか皆が語ることを一つにして、仲間割れせず、同じ心、同じ考えで一致してください。」(コリント人への手紙 第一 1章10節)

仲間割れをしないための同じ心、同じ考えとは何でしょうか?
それは愛です。愛は個人の思いを統一させることではありません。愛は一致をもたらし、永遠に続いていくものです。その恵みを本日のテキストから学んでいきましょう。

☆午後は、スモールグループ組会です。

☆深川教会の教会総会は、1月26日です。

☆1月13日は、インマヌエル中目黒教会で新年聖会があります。

 

 

 

☆1月18日(土)は午前10時からファンファン・フィンランドです。

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1月5日(日)午前10時~11時30分 新年礼拝

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「あなたがたは世の光です。
あなたがたの光を人々の前で輝かせなさい。」
マタイ5章14~16節

今年、深川教会と釧路教会に与えれた年間標語聖句です。

「あなたがたは世の光です。」これは、十二弟子が任命された直後、ガリラヤ湖の山の上で語られたイエスさまの言葉です。十分訓練された訳でもなく、まだまだ成長途上にあった弟子たちに対して語られました。客観的に見れば、とても「世の光」と言る状態ではありませんでした。しかし、イエス様は、そんな彼らに、「あなた方は世の光となるであろう。」と未来形ではなく「世の光です。」と言われたのです。

いったい、これはどういうことなのでしょうか。「あなた方は、品行方正で、完璧な人格者として、模範を示しなさい。」ということだとしたら、ものすごいプレッシャーです。「とても無理です。」と引いてしまいます。そういう意味ではないと思います。「まことの光」として来られたイエス様を信じる信仰によって、イエス様の光が、私たちの心に灯されるようにしなさい。そして、内側からその光が輝き出るようになりなさい。ということだと思います。

私達に出来る事は、机の下に置かないこと、つまり、「隠さない」ことです。イエス様を信じるとき、私たちのうちに光が与えられています。信仰によって、私達の心とイエスさまの心が一つとなってゆくとき、自ずと、光は輝き出るのです。言葉を換えていうなら、聖霊に満たされることです。聖霊は、油に例えられます。信仰の炎は、聖霊の油注ぎを受けて、明るく燃え続け、自ら輝いて行きます。

「傷のない完璧な栄光」というよりも、「赦され、癒され、弱さを通して表わされる神の栄光」と言えると思います。人々が崇めるようになるのは、「人」ではなく、光を与えてくださった「天の父」です。神のご慈愛、神の赦し、神の憐み、神の愛こそ、この世を照らす光なのです。あまりにも強い光は、まぶし過ぎて、恐れを抱かせます。しかし、私達の弱さを通して、イエス様の光が輝くとき、その光は、同じ悩みや苦しみにある人たちに、希望を与え、励ましを与えるようになるのだと思います。

今年、私達のうちに、聖霊の火が、あかあかと燃やされて行きますように。そして、その光が、私達の思いや、言葉、行いとなって、表現されて行きますように。そうして、ひとりでも多くの方が、イエス様の光を求めて、主に近づいて来ますように。

☆聖餐式があります。
☆午後は、企画運委委員会です。

☆13日(月・成人の日)は、中目黒教会で、新年聖会があります。

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2020年1月1日(水)午前11時~12時 元旦礼拝

ただひとり大いなる不思議を行われる方に。主の恵みはとこしえまで。』詩136:4

 

 

2019年も残すところ、僅かとなりました。今年一年を振り返り、どんな恵みがあったか、静かに思い巡らす時を持ちたいものです。

深川教会に与えられた標語聖句は『共におられる主の救いを見よ』(Ⅱ歴代20:17)でした。信仰は、目に見えないものを確信させるものですが、主の救いは「見える」ものです。与えられたみ言葉は、どう成就したのでしょうか。

今年、隣接地カナン・プロジェクトがスタートしました。教会の間口が広がり、本当にアクセスしやすくなりました。それに伴い、これまで以上に、多くの方が教会に足を運んで下さいました。バザー、オープンカフェ、おたのしみ絵画教室、ファンファンシリーズも、イングリッシュから始まり、チャイニース、ジャパニーズ、そして、来年はフィンランド、インディアが予定されており、バリエーションが豊かになって来ています。

信徒の皆さんの祈りと、大きな犠牲を払って捧げてくださった献金が、宣教の為に豊かに用いられるのを見ることができるのは、大きな喜びです。これらのことは、まさに「水を汲みし僕」の特権でしょう。

しかし、これは、始まりに過ぎません。主の御業は、これから、ますます進展して行きます。Ⅱ歴代20:17の後半には『恐れてはならない。・・・あす、出陣せよ。』と言われています。私達は、今年、主の救いのほんの一部を「見せて」いただきました。しかし、「全部」ではありません。神さまは、ヨシュアに『占領すべき地は非常にたくさん残っている。』と言われました。

私達キリスト者は、信仰の目を上げて、前に向かって進み行くのみです。神様は、ただひとり大いなる不思議を行われる方であり、その恵みはとこしえにあります。アブラハムは、神さまから『わたしが示す地に行きなさい。』と言われ、信仰をもって踏み出しました。そして、約束通りに、祝福の基となりました。

一年の恵みを数え、主に感謝を捧げ、2019年を後にして、信仰と希望をもって、新しい年に踏み出したいと思います。来る年、何が待っているのでしょうか。主に期待して、信じて、進ませて頂きましょう。

☆2020年の元旦礼拝は、1月1日(水)午前11時~12時です。神さまの祝福を頂いて、スタートしましょう。お待ちしています。

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12月29日(日)午前10時~11時30分 年末感謝礼拝

2019年を締め括る礼拝です。
説教者は、信徒伝道者の齋藤純雄兄です。

『我らを愛したもう者により、勝ち得て余りあり』
ローマ人への手紙8章18~39節

「しかし、これらすべてにおいても、私たちを愛してくださった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です。 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いたちも、支配者たちも、今あるものも、後に来るものも、力あるものも、 高いところにあるものも、深いところにあるものも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」

☆聖餐式があります。
☆礼拝後、大掃除をします。主の宮をきれいに掃除して、新しい年を迎えたいと思います。ご協力、よろしく、お願いいたします。
☆昼食の用意はございません。
☆クリスマス・年末感謝献金実施中です。ご協力をお願いいたします。
☆1月1日元旦礼拝は、午前11時~12時です。神の祝福を受けて、新しい年をスタートしましょう。皆さまのおいでをお待ちしています。

 

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12月22日(日)午前10時~11時30分 クリスマス礼拝

「クリスマス-すべての人への喜びの知らせ」
ルカの福音書2章8~17節

御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。 今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。 あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです。」

クリスマスは、すべての人への喜びの知らせです。生きていると、辛いこと、悲しいこと、頭にくること、いろいろなネガティブな感情も味わいます。怒りや妬みは、感謝や喜びを奪い、人生を暗くします。しかし、神さまが与えてくれる「喜び」は、心を明るくし「生きる力」となります。これまで、どのような人生を歩んで来たとしても、今、どういう立場にあったとしても、イエス・キリストは、私達の「喜び」となるのです。

羊飼いたちは、社会の底辺に生きる人たちでした。社会を下から支えているのに、一度も脚光を浴びたことがありませんでした。「我らは、忘れられているのか?真面目に働いても、報われないのか?」そんな諦めた思いを持って生きていたかもしれません。しかし、その羊飼いたちに一番最初にクリスマスの知らせが届けられました。「神は、我らを忘れてはいない。ちゃんと覚えていてくださった。」諦めと失望は、次第に、喜びに変わって行きました。

東方の博士たちは、いわばエリートであり、真理を探究する人たちでした。彼らは、長い間、まことの光、真理を求めて来ました。そして、ついに、不思議な星に導かれ、救い主と出会ったのでした。探していたものが見つかったとき、喜びがあふれてきます。「星が、彼らの先に立って進み、ついに幼子のいるところまで来て、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。」神さまは、あなたを導いておられます。目を上げて、神の導きを見つけてみませんか。

マリアの人生に、自分の理解を超えたことが起りました。聖霊によって、救い主を身ごもったのです。最初、マリアはたいへん、恐れ、そして戸惑いました。無理もありません。しかし、次第に、自分の身に起ったことの意味が分かるにつれ、大きな喜びに変わって行きました。マリアは、こう賛美しています。「今から後、どの時代の人々も私を幸いな者と呼ぶでしょう。力ある方が、私に大きなことをしてくださったからです。」神は、あなたの人生にも「大いなる救い」を用意しておられます。

全ての人に共通する喜びがあります。それは、罪と死の縛りから、解放された喜びです。救い主イエス・キリストは、神さまと、私達の間の仲介者となって下さいました。イエスさまを信じるとき、神の子どもとされ、神の愛と慈しみの中に、いのちの交わりが回復されます。イエス・キリストは、力強い私の味方、ワンダフル・カウンセラーとなって下さいます。もはや、ひとりで悩む必要がありません。インマヌエル-神が我らと共におられるのです。

クリスマスは、全ての人に対する喜びの知らせです。共に、救い主の御降誕を喜び、祝いませんか。クリスマス礼拝に、どうぞ、おでかけください。お待ちしています。

☆礼拝において、転入会式を持ちます。

☆午後4時から、キャンドルサービスがあります。初めての方も、歓迎いたします。

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2019年12月22日(日)午後4時~ キャンドルサービスのお知らせ

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2020年 ファンファン・フィンランド開催のお知らせ

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2020年1月・2月 おたのしみ絵画教室のお知らせ

好評につき、2020年1月、2月にも開催します。

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12月15日(日)午前10時~11時30分 アドベントⅢ礼拝

「キリストの貧しさによって富む者と」
Ⅱコリント8章1~9節

「あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」

神の御子イエス・キリストは、天の御座から降りて、人となり、飼葉桶にお生まれ下さいました。ここに「キリストの謙卑」を見ます。「あなたの右の手は私を支えあなたの謙遜は私を大きくします。」(詩 18:35)とダビデ王が詠っていますが、キリストが貧しくなられたことによって、仕切の幕は取り除かれ、誰でも、大胆に近づくことができ、救いに与ることが出来るようになりました。

私達は、偉い人、正しい人には、尊敬はしても、あまり親しみは持てません。積極的に近づきたいとは思わないでしょう。ましてや、全知全能の神、義なる神は、畏れ多くてとても近づけません。しかし、その神様が、事もあろうに、赤ちゃんとして、しかも、飼葉桶に寝ておられるみどりごとして、来て下さったのです。無防備な幼子に、こちらも警戒するどころか、喜んで近づいて行くことでしょう。

「主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」これが、クリスマスの恵みです。同じ神なのに、近づき易さが、まるで違います。イエスキリストを信じるとき、飼葉桶のような、私達の心に、主は来て下さいます。どんな貧しい場所であっても、主イエス・キリストがおられるところは、世界で最も豊かな場所となるのです。

私達は、みな、豊かになりたいと願っています。でも、「本当の豊かさ」って何でしょうか。お金持ちになること。社会的なステータスを得ること。皆から称賛されること。それらが「豊かになる」ということでしょうか。そうではないと思います。「神がともにおられること」それが、真の豊かさであると聖書は教えています。キリストがおられるとこには、愛があり、喜びがあり、希望があるのです。

クリスマス、天の御座を降りて、私達のところに来てくださった救い主イエスキリストを、私達の心に迎えませんか。「キリストの貧しさによって富む者となる」恵みを、ぜひ、味わって頂きたいと思います。クリスマスの祝福をお祈りいたします。クリスマス、どうぞ、教会にお出かけください。お待ちしています。

☆礼拝の中で、洗礼式を予定しています。
☆午後から、ジョイフル・クリスマスです。今年は、ONE TEAM の生誕劇をお見せします。ご期待ください。

☆今週19日(木)午前10時30分から、ファンファンチャイニーズがあります。中国語をかじってみたい方も歓迎します。

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12月8日(日)午前10時~11時30分 アドベント礼拝Ⅱ 

「ONE TEAM 」
エペソ1章1~12節

「神は、みこころの良しとするところにしたがって、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。それは、神がその愛する方にあって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。 このキリストにあって、私たちはその血による贖い、背きの罪の赦しを受けています。これは神の豊かな恵みによることです。この恵みを、神はあらゆる知恵と思慮をもって私たちの上にあふれさせ、みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。その奥義とは、キリストにあって神があらかじめお立てになったみむねにしたがい、時が満ちて計画が実行に移され、天にあるものも地にあるものも、一切のものが、キリストにあって、一つに集められることです。またキリストにあって、私たちは御国を受け継ぐ者となりました。すべてをみこころによる計画のままに行う方の目的にしたがい、あらかじめそのように定められていたのです。」

今年の流行語大賞に「ONE TEAM」が選ばれました。ラクビーのワールドカップが開かれ、日本チームの活躍に国中が沸いた年でした。巷では、にわかラグビーファンも急増したようです。あの、どこに飛んで行くか分からない、楕円のボールを使って、しかも前にパスしてはいけないというルールが、この不確定性の時代にマッチしているのかもしれません。

「ONE TEAM」は、チームワークによって勝利する感動を教えてくれました。今回、南アフリカのチームが勝利したことは、大変意義深いことであったと思います。南アフリカ共和国は、アパルトヘイトによって、国が分断されてきた、悲しい歴史があります。その為に第1回とだ2回のラクビーW杯には参加できませんでした。マンデラ大統領は、自国W杯開催を前に「ワンチーム・ワンカントリー」をスローガンに、和解を解いて回ったそうです。やがて、同国にとってラクビーは、「アパルトヘイトの象徴」から「人種融和の象徴」となりました。

その原動力となったのが、デイモンド・ツツ大司教(1984年ノーベル平和賞受賞)をリーダーとする黒人キリスト教の働きでした。ツツは、聖書の教えに基づき、和解と共生を訴えて行き、1985年には、反アパルトヘイトを支持するキリスト者たちによって「カイロス文書」が公刊されました。

ラクビーの魅力の一つは、肌の色の違いや、文化を超えてワンチームとなるところにあると思います。釜石で、台風19号の片付けのボランティアをしていた、ある選手は、「ラクビーには試合で勝つことよりも大切なものがある」と話していました。それは、「人を愛すること」「共に生きること」ではないでしょうか。

エペソ1:10「時が満ちて計画が実行に移され、天にあるものも地にあるものも、一切のものが、キリストにあって、一つに集められることです。」とあります。神さまの壮大な計画です。やがて、あらゆる民族、国語、すべての人が、キリストにあって、ONE TEAM となる日が来るというのです。

聖書は、クリスマスは、その最初のステップだと言います。時(カイロス)が満ちて、キリストの十字架の赦し、贖いのスピリットが、世界を覆う日が来る。その希望を胸に、私達は、平和を作る者でありたいと思います。

クリスマスの祝福をお祈りいたします。
日曜日、礼拝においでください。

報告1-おたのしみ絵画教室、今回も充実していました。少しづつ、上達している気がします。光と影のグラデーションが大事だと教わっています。好評につき、1月と2月にも開催する予定です。

 

 

 

 

クリスマス集会のご案内

クリスマスのご案内

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アドベントカレンダー2019

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12月1日(日)午前10時~11時30分 アドヴェント礼拝Ⅰ

「わたしは喜んで歳を取りたい」

ルカ2章25~38節
『そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい、敬虔な人で、イスラエルが慰められるのを待ち望んでいた。また、聖霊が彼の上におられた。そして、主のキリストを見るまでは決して死を見ることはないと、聖霊によって告げられていた。・・・ シメオンは幼子を腕に抱き、神をほめたたえて言った。 「主よ。今こそあなたは、おことばどおり、しもべを安らかに去らせてくださいます。 私の目があなたの御救いを見たからです。』

「お互い、歳は取りたくないものですね。」という会話が、よく、交わされます。目はかすみ、耳は遠くなり、足腰の痛み、物忘れ、すべての人が通る「老化現象」です。確かに「しんどい」のです。私達は、「歳をとる」ことを、どう捉えたらよいのでしょうか。

この度、ドイツの老牧師であった、イェルク・ツィンクさんが、「わたしは、よろこんで歳をとりたい」(こぐま社)から出版され、話題となっています。折しも、82歳のローマ教皇フランシスコが来日され、ニュース等で、その輝いた姿に、大きな励ましと希望を得たことです。

「老いを生きるとは、人生の4番目の季節を生きることだ。私達は、その季節を1歩1歩知って行く」とツィンクは、書いています。人が、歳をとるという事は、果たして嫌なことなのか。それとも、感謝なことなのか。それは、「老いの意味」を深く悟ることによって、違ってくるのではないかと思います。

聖書に出てくるシメオンもアンナも歳をとっていました。シメオンの賛歌「ヌンク・ディミティス」は「しもべを安らかに去らせてくださいます。」のラテン語に由来します。歳をとっても感謝と祈りと賛美にあふれた人生を送ってきました。心は、キリストの慈愛にあふれ、子どもたち、子孫の慰められることを祈ることが日課となっていました。幸せに歳をとり、安らかに走り終える人生を、シメオンとアンナの「老後」に見ることができます。それは、すべて、救い主キリストの恵みによるものです。どうぞ、アドベントの礼拝においでください。

お知らせ1⇒12月5日(木)は、おたのしみ絵画教室3回目です。

 

 

 

お知らせ2⇒2019年OPEN CAFE は、大盛況のうちに終了しました。売上金の中から、台風19号の被害に遭われた方々へのお見舞いを送らせて頂きます。

 

 

 

お知らせ3⇒ジョイフルクリスマスは、クリスマスの聖誕をオペレッタで上演します。今年も、練習が積まれてきました。どうぞ、ご予定にお加え下さい。

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11月24日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝・献児式

「飼葉桶に寝ているみどりご」
ルカ2章1~12節

『ところが、彼らがそこにいる間に、マリアは月が満ちて、 男子の初子を産んだ。そして、その子を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。』

救い主イエス・キリストは、飼葉桶にお生まれになりました。この飼葉桶は、この世の最も低いところを表す「しるし」です。宿屋が満員だったからではありません。父なる神は、最愛のひとり子を、王宮のベットではく、羊やロバの餌である干し草を入れておくための飼葉桶を、わざわざ選んで誕生させてくださったのです。ここに、救い主の秘密が隠されています。

救い主の誕生は、すべての人にとって「喜びの知らせ」です。王や博士たちから、野原で夜勤をしている羊飼いたちまで、あらゆる人を、下から持ち上げるようにして救ってくださるのです。すべての人の生きる苦悩を知り、真理を押し付けるのではなく、私達と同じ目線に立って、深い憐みと愛をもって、赦しを与え、共に歩んで下さる救い主です。その為に、貧しさや、人の嘲りや、理解されないことの辛さといったことも、私達と同じように経験しなければなりませんでした。飼葉桶は、その象徴です。

私達は、子どもをどのように育てるでしょうか。できるだけ、楽に生きることができるように、快適な道を備えてあげたいと思います。それが、親の思いです。しかし、父なる神は、御子イエスを、飼葉桶に生まれるようにされました。生きる苦しみを知るためです。私達は、自分の体験したことがないことは、なかなか、理解できません。人が苦しんでいても、どうしてそれが辛いのか分からないのです。たぶん、いじめや、パワハラも同様な理屈ではないかと思います。しかし、自分が痛みを通った人なら、相手の痛みに同情できるでしょう。病気を経験した人は、病気の人の気持ちが、分かるとよく分かると思います。

私達は、すべてを経験することは出来ませんが、人の苦しみや痛みを想像できるくらいの経験は、必要なのではないかと思います。成功すること、上手く行くことだけが祝福なのではありません。失敗、痛み、苦しみも、また、神の恩寵です。それは、他の人を愛するようになるためです。人間にとって、最も価値のある「愛」は、苦しみを通って生まれてきます。だから、子どもを神の手にゆだねます。神さまが、ちょうど良い道を歩ませてくださるよう、祈ります。余計な手助けをして、それを邪魔してはならないのです。もし、子どもが苦しみを通ることがあるなら、すぐに手を出す代わりに、忍耐をもって祈り続けます。「飼葉桶にねているみどり子」は、そのしるしです。

☆礼拝の中で、献児式が持たれます。
☆礼拝後、アドベントを迎える準備をします。
☆クリスマスのチラシ配布の予定ですが、天候によって、臨機応変にしたいと思います。

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11月17日(日)午前10時~11時30分 宣教主日礼拝

Ⅰテサロニケ人への手紙4章9~12節
説  教 『Be Ambitious!』
WGM宣教師 ザック・マッツ

世界宣教局の宣教報告DVDを見ます。

☆コイン献金をされていた方は、お持ち下さい。

☆川嶋牧師は、釧路教会での奉仕です。

☆午後は、クリスマスオペレッタの通し練習です。
同時並行して、クリスマスのチラシ折をします。

☆OPEN CAFEは、11月22日(金)が最終日となります。午後5時30分~8時頃まです。

 

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11月10日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝・子ども祝福式

「いのちの土台」
創世記4章25~5章5節
『セツにもまた、男の子が生まれた。セツは彼の名をエノシュと呼んだ。そのころ、人々は【主】の名を呼ぶことを始めた。これはアダムの歴史の記録である。神は、人を創造したとき、神の似姿として人を造り、男と女に彼らを創造された。彼らが創造された日に、神は彼らを祝福して、彼らの名を「人」と呼ばれた。』

☆メッセージは、伊藤安司伝道師です。
☆礼拝の中で、子ども祝福の祈りを捧げます。

☆お昼は、芋煮を予定しています。隣接の芝生広場で行いますので、教会学校の保護者の皆様も、どうぞ、ご参加ください。猿江恩賜公園の紅葉もだいぶ色づいてきました。

☆午後は、今年最後のスモールグループと組会です。

お知らせ1
おたのしみ絵画教室、楽しく、「まつぼっくり」と「ピーマン」を描きました。次回は、12月5日(木)午前10時~12時です。テーマは、水彩画「カップ」を描きます。

 

 

 

 

 

 

お知らせ2

OPENCAFE2回目も、多くの方に来て頂き、ありがとうございました。用意したものは、ほぼなくなりました。次回は、11月15日午後5時30分~8時30分です。

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11月3日(日)午前10時~11時30分 ウエルカム礼拝

「永遠のいのちを持つため」
ヨハネ3章13~21節

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

星野富弘さんの『いのちより大切なもの』という本の中に、このような詩があります。

いのちが一番大切だと思っていたころ
生きるのが苦しかった
いのちより大切なものがあると知った日
生きているのか嬉しかった

「いのちより大切なもの」って何ですか?とよく聞かれたそうです。ところが、3・11の震災以降、その質問を聞かなくなったと書いておられました。この「いのち」とは、「地上で生きるいのち」「地上限定のいのち」と言っても良いかもしれません。「いのち」は大事です。お金より、仕事より、名誉より、いのちは大事です。しかし、地上のいのちが、人にとって全てだとしたら、希望があるのでしょうか。

「いのりより大事なもの」それは、イエス・キリストが与えてくださる「永遠のいのち」だと、私は思います。「永遠のいのち」とは「神のいのち」であり、「死んでも生きるいのち」(ヨハネ11:25)です。神の愛の中に、憩ういのち。神の愛ときよさの中に、感謝と喜びと希望をもって生きるいのち。だれでも、キリストの十字架の贖いによって、信仰により、「永遠のいのち」を持つことができるのです。

この「いのちの光」は、イエスキリストのうちかに、輝いています。救いを求め、真理を探している人は、光の方に来ます。「求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見出します。たたきなさい。そうすれば開かれます。だれでも、求める者は受け、探す者は見出し、たたく者には開かれます。」
あなたも「いのちより大事なもの」を見つけませんか。

☆聖書、讃美歌備え付けがあります。スクリーンにも出ます。
☆初めての方も、ウエルカムです。世界のベストセラー「本の中の本」「聖書」を分かりやすくお話します。
☆実際に「救われた」体験談を、一人のクリスチャンがお話しくださいます。
☆礼拝ですので、席上献金のかごが回りますが、すべてご自由です。
☆ぜひ、おいでください。お待ちしています。

⇒お知らせ1
11月7日(木)午前10時~ おたのしみ絵画教室 2回目  テーマ「色鉛筆」
*2回目からでも、参加可能です。
*1回目の様子です。

⇒お知らせ2
11月8日(金)午後5時30分~8時30分 OPEN CAFE 2回目
*1回目、初めてでしたが多くの方に来て頂きました。感謝します。
*2回目は、更に充実した内容を予定しています。ぜひ、お立ちよりください。
*1回目の様子です。

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10月27日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝・献児式

創立記念礼拝
「インマヌエル-うちにおられるキリスト-」
コロサイ1:24~29

『この奥義が異邦人の間でどれほど栄光に富んだものであるか、神は聖徒たちに知らせたいと思われました。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。 私たちはこのキリストを宣べ伝え、あらゆる知恵をもって、すべての人を諭し、すべての人を教えています。すべての人を、キリストにあって成熟した者として立たせるためです。 このために、私は自分のうちに力強く働くキリストの力によって、労苦しながら奮闘しています。』

「インマヌエル綜合伝道団」という名前は、創設者の蔦田二雄牧師が、戦時中のキリスト教弾圧によって牢獄に入られていたとき、劣悪な環境であるにかかわらず、「主が共におられる」という、リアルな平安に満たされていた、その体験に由来しています。(インマヌエルというのは、ヘブル語で「神は、我らとともにおられる」と言う意味です)

創立の原点に帰って、キリストのかだである教会の中に、目には見えませんが、復活のキリストがおられることを、もう一度、再認識したいと思います。パウロは、この奥義をあらゆる方法をもって、人々に伝えたいと願いました。蔦田先生も、あらゆる知恵をもって福音を伝えようとして「綜合伝道団」という名前を付けたのです。その目指すところは、「聖と宣」キリスト者の成熟でした。

キリストこそ、教会のかしらです。困難な時代であるからこそ、人為的な方策に走ることなく、教会のうちにおられるキリストが信仰によって鮮やかに啓示され、ひとりびとりが、その奥義を体験し、うちに力強く働くキリストの力によって、パウロのように奮闘させて頂きたいと思います。

☆礼拝の中で、献児式を予定しています。
☆1周遅れの創立記念礼拝となりました。
☆台風の被害に遭われた方々のため、神の助けを祈ります。支援献金も受付けています。、
☆午後は、川嶋牧師は、白鳥教会の役員会に出席します。

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⇒売上の中から、台風19号で被災されたか方がへ、支援金をお送りします。

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10月20日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

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「My箱」
Ⅰサムエル4:1~11

*メッセージは、WGM宣教師ザック・マッツ師です。
(川嶋牧師は、十和田教会での御用です)

⇒台風19号で被災された皆様に、天父の助けをお祈りしております。

⇒インマヌエル災害対策室からのニュースレターです。

災害対策委員会より191017 (1)

⇒被災した川越キングスガーデンがボランティアを募集しています。
https://クリスチャン新聞.com/?p=25295
(クリスチャン新聞より)

 

 

⇒お知らせ-24日おたのしみ絵画教室があります。興味がある方は、ぜひ、ご参加ください。

 

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10月13日(日)午前10時~11時30分 召天者記念礼拝

「キリストの再臨と愛する者との再会」
Ⅰテサロニケ5章13~18節

「イエスが死んで復活された、と私たちが信じているなら、神はまた同じように、イエスにあって眠った人たちを、イエスとともに連れて来られるはずです。・・・ すなわち、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、主ご自身が天から下って来られます。そしてまず、キリストにある死者がよみがえり、それから、生き残っている私たちが、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うのです。こうして私たちは、いつまでも主とともにいることになります。ですから、これらのことばをもって互いに励まし合いなさい。」

人は、死んだらどうなるのか。どこへ行くのか。知らずに、生きている人が多いと思います。死は、誰も避けて通れない問題であるにも関わらず、普段は、あまり考えないようにしているのではないでしょうか。それは、「考えてもどうしようもない問題だ」と、諦めているからだと思います。確かに、死は、絶望であり、慰めようがない悲しみです。

しかし、イエスキリストは、死を「絶望」ではなく、「眠り」に変えてくださいました。キリストは、十字架の死によって、罪の贖いを成し遂げ、三日目に蘇り、死に勝利されました。罪という死のとげは、キリストの十字架に打ち込まれ、信じる者にとって、死は、「絶望・断絶」ではなく、「眠り」となりました。キリストを信じる者は、肉体は死んで滅びても、魂は、キリストの安息の中に守られ、やがて「栄光の体」(不死を着た)からだに、復活するのです。

やがて、定められた時に、イエス・キリストは、再び、地上に来られます。その時、主にあって眠った人たちは、復活に与り、キリストとともに来られます。先に天に召された、愛する人たちと、「再会」を喜び合うようになるのです。これが、聖書が示す希望です。クリスチャンにとって、死は、「終わり」や「絶望」ではありません。永遠のいのちの始まりに繋がっているのです。先に召された人たちは、しばらく、イエスにあって眠っていますが、やがて、復活の朝を迎えます。召天者記念礼拝では、キリストの再臨と、愛する者ととの再会という希望を確認します。

☆午後の墓前記念会は、中止といたします。台風が過ぎ去ると思われますが、道路状況や、被害状況が分かりませんので、13日は「中止」とさせて頂きます。
☆予報では、13日の日曜礼拝時には、台風は過ぎ去っているようですが、無理をせず、無理と判断した場合は、ご家庭で礼拝をお守りください。
☆情報に注意し、早めの対応に心がけましょう。

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10月6日(日)午前10時~11時30分 ウェルカム礼拝

「あなたもあなたの家族も救われます」
使徒の働き16章25~34節

看守は明かりを求めてから、牢の中に駆け込み、震えながらパウロとシラスの前にひれ伏した。そして二人を外に連れ出して、「先生方。救われるためには、何をしなければなりませんか」と言った。 二人は言った。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」 そして、彼と彼の家にいる者全員に、主のことばを語った。(29~32節)

イエスキリストを救い主として信じるとき、まず第一に、自分と神様の関係が回復されます。それまで、神とは無関係な人生を送ってきた人が、イエス・キリストの十字架の愛を知り、悔い改めて、神さまの慈しみの中に、立ち返るのです。「孤独」から解放され、いつも、愛する主が共におられる、幸いな人生を送るようになります。

キリストの救いは、自分の救いだけに留まるものではありません。神との関係が回復してくると、人との関係も回復してきます。特に、最も親しい家族との関係が回復してきます。愛は、自分が苦しむことよりも、愛する者が悲しむことを悲しみます。看守は、囚人たちが皆逃げてしまったと思い、家族のことはすっかり忘れ、自殺しようとしました。一家の主人でありながら、残された家族のことなど、全く考えられなかったのです。人は、追い詰められると、自分のことしか考えられなくなります。

しかし、主イエスを信じて救われると、神の愛によって、自己中心性から解放されて行きます。神に愛されている者として、自分を大事にするようになり、隣人をも大事にするようになります。人をお思いやる「ゆとり」が与えられます。罪によって歪んでしまった親子関係、夫婦関係であっても、キリストの十字架の愛によって、回復されてくるのです。

あなたは、家族を愛していますか。ひどい仕打ちをされた親であっても、主イエスの十字架の愛によって、赦していますか。自分を愛するように、伴侶者を愛していますか。子どもたちを愛していますか。家族は、どんな時にも愛するものです。そんな愛は持っていないと悲しむ人は、主イエスを信じてみてください。神の愛こそ、救いです。「主イエスを信じなさい。そうすれは、あなたもあなたの家族も救われます。」

☆第一日曜は、ウエルカム礼拝です。初めての方も大歓迎です。
☆聖書、讃美歌など、備え付けてあります。
☆救いの体験談が話されます。
☆礼拝では、席上献金が回りますが、すべてご自由です。
☆皆様のおこしをお待ちしています。

⇒お知らせ
芸術の秋です。絵を描いてみませんか?

⇒お知らせ-2
ファンファンJapanese-教会の近くにおられる外国人の方々対象です。親子で、やさしい日本語、日本文化を学んでみませんか?

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9月29日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

「いつも心にゆとりをもって」
詩篇4篇

1 私が呼ぶとき答えてください。私の義なる神。追いつめられたときあなたは私を解き放ってくださいました。私をあわれみ私の祈りを聞いてください。
7 あなたは喜びを私の心に下さいます。それは彼らに穀物と新しいぶどう酒が豊かにある時にもまさっています。
8 平安のうちに私は身を横たえすぐ眠りにつきます。【主】よただあなただけが安らかに私を住まわせてくださいます。

あらゆる人間関係、特に、子育てにおいて「ゆとり」「喜び」「平安」は、とても大事なことだと思います。「ゆとり」がなくなると、人生の袋小路に、追い詰められて行きます。とはいっても、私達は、そんなに強くありません。やることが沢山あって、忙しかったり、物事がうまく行かなかったり、試練が続くと、気がめいってきます。イスラエルの王であったダビデも、何度も、苦難を通過しました。

しかし、彼は、苦しみのとき、神に祈ることができました。主に祈ると、神は、追い詰められた心の状態かから解放してくださいました。不思議と、ゆとりが与えられたのです。ゆとりがないと、人に辛く当たってしまいます。子どもに対しても、そういうことがあるのではないでしょうか。本当は、愛しているのに、ゆとりがないために、つい、きつく叱ってしまう。そして、自己嫌悪に陥る。よくあるパターンです。

ですから「ゆとり」を持つことは、とても大事なことです。そして、この「ゆとり」は、神に祈るとき、神から与えれるのです。これは、実際に祈ってみれば、分かります。主イエスは、憐み深いお方です。そして、真実に、祈りに耳を傾けてくださいます。ダビデのみならず、これまで、多くの人が経験してきました。あなたもぜひ、「神がくださるゆとり」を知ってください。

☆午後1時30分から「子育てセミナー」(岡本富郎先生)が開かれます。
☆お子さんを預ける託児がありますので、ゆっくり聞くことができます。
☆長い時間は取れませんが、質疑応答の時があります。
☆入場無料です。ぜひ、気兼ねなく、おいでください。
☆午前の礼拝でも、岡本先生の体験談があります。(礼拝時は、席上献金が回りますが、すべてご自由です。)

 

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9月22日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

「嵐の中の信仰」

使徒の働き27章20~25節
太陽も星も見えない日が何日も続き、暴風が激しく吹き荒れたので、私たちが助かる望みも今や完全に絶たれようとしていた。長い間、だれも食べていなかったが、そのときパウロは彼らの中に立って言った。「皆さん。あなたがたが私の言うことを聞き入れて、クレタから船出しないでいたら、こんな危害や損失を被らなくてすんだのです。しかし今、あなたがたに勧めます。元気を出しなさい。あなたがたのうち、いのちを失う人は一人もありません。失われるのは船だけです。 昨夜、私の主で、私が仕えている神の御使いが私のそばに立って、 こう言ったのです。『恐れることはありません、パウロよ。あなたは必ずカエサルの前に立ちます。見なさい。神は同船している人たちを、みなあなたに与えておられます。』 ですから、皆さん、元気を出しなさい。私は神を信じています。私に語られたことは、そのとおりになるのです。

台風15号は、千葉県を中心に、広範囲にわたって、停電をもたらしました。今もまだ、続いているところもあります。残暑の厳しい中、エアコンもなく、お風呂にも入れない生活は、本当に大変だなあと思います。嵐は、必ずやって来ます。嵐から逃れることは出来ませんが、嵐の中でも、希望をしっかりと持ち、平安のうちに対処して行けたらと思います。聖書の中には、実際に嵐(ユーラクロン)に会い、遭難した出来事が記されています。

何日も太陽も星も見えない中、暴風に翻弄される船の中で、多くの人たちが生きる希望を失いかけてしまいました。しかし、パウロだけは、冷静でした。彼は、望みを失いかけていた人たちに、「元気を出しなさい」と言って励まします。それは、カラ元気ではなく、確かな根拠がありました。パウロは、天地万物を治めておられる神様を知っていました。祈りの中で、救われる確信を得ていました。パウロは、これまでも、何度も経験してきた神の助けを、この時も、確信していたのです。

神さまは、どんな時も、信頼に足る方です。神の聖霊は、恐れに騒ぐ心を、キリストの平安で満たして下さいます。「神はわれらの避け所また力。苦しむときそこにある強き助け。それゆえわれらは恐れない。たとえ地が変わり山々が揺れ海のただ中に移るとも。 たとえその水が立ち騒ぎ泡立ってもその水かさが増し山々が揺れ動いても。」(詩篇46:1~3)

どんな時でも、主イエスキリストは、信頼できる神です。救い主イエスキリストを信じ、その救いを、実際に知っている人は幸いです。この希望、この平安は、現代でも、体験することができます。どうぞ、イエスキリストの救い、守りを知って頂きたいと思います。それが、何よりもの備えであると思います。どうぞ、礼拝に、おいでください。

☆午後は、企画運営委員会です。

☆月曜日は林間聖会です。

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9月15日(日)午前10時~11時30分 主日礼拝

謝恩日礼拝 「忍耐の結末」
ヤコブ5:11 見なさい。耐え忍んだ人たちは幸いだと私たちは思います。あなたがたはヨブの忍耐のことを聞き、主によるその結末を知っています。主は慈愛に富み、あわれみに満ちておられます。

旧約聖書に登場してくるヨブは、神を敬う敬虔な人でした。ところが、ある日、突然、試練に襲われます。愛する子どもたちが殺され、財産を失い、自分も訳の分からない病気にかかってしまいます。いきなり、試練の中に放り込まれたヨブに、奥さんは、「あなたは、これでもなお、自分の誠実さを堅く保とうとしているのですか。神を呪って死になさい。」(ヨブ記2:9)と、冷たく突き放します。きっと奥さんは、試練に耐えられず、自暴自棄になっていたのではないかと思います。しかし、ヨブは、それでも、「私たちは幸いを神から受けるのだから、わざわいも受けるべきではないか。」と言って、神を信じ続けました。

ヨブは、苦悩を味わいながらも、信仰にとどまり続けました。試練の中にあるヨブのところに、友人たちがやってきて、「試練の意味」について議論します。励ますつもりが、いつの間にか議論となって行きます。いくら正論を言われても、ヨブの心は、慰められません。しかし、実は、ヨブは、この試練を通して、神の深い憐みと大能の力を知り、すべてを神にゆだねることを学んで行ったのです。忍耐を通して、ヨブ自身が変わりました。ヨブは、自分を攻撃した友のために祈ることができるほど、心にゆとりが与えられました。

ヨブ記の結論はこうです。
42:10 ヨブがその友人たちのために祈ったとき、【主】はヨブを元どおりにされた。さらに【主】はヨブの財産をすべて、二倍にされた。
42:12 【主】はヨブの後の半生を前の半生に増して祝福された。。
42:16 この後ヨブは百四十年生き、自分の子と、その子の子たちを四代目まで見た。
42:17 こうしてヨブは死んだ。年老いて満ち足りた生涯であった。

「忍耐の結末」それは、神の慈しみ深さを知ること。それが、現実に明らかにされることです。「忍耐」とは、苦痛を我慢することではありません。聖書的に言えば、どんな状況でも、主イエスキリストを信じる信仰にとどまり続けることです。忍耐とは、受け身の姿勢で、じっと我慢することではなく、神に祈り、祈りの中で、神の慈しみを知り、神を賛美することです。神が通してくださる忍耐の学校は、その時は、辛く感じるものですが、やがて「平安の義の実」(へブル12:11)という、何者にも代え難い賜物を得ることになるのです。

☆謝恩日の礼拝です。聖餐式があります。
☆ご高齢の兄弟姉妹のために、更なる祝福を祈ります。ささやかな祝の品を用意しています。
☆礼拝献金は、引退された牧師たちの厚生資金献金となります。

☆午後1:30から、「おはなカフェ」がひらかれます。
☆齋藤マスターの美味しいコーヒーと、古舘シェフのザッハ・トルテを用意してお待ちしています。
☆楽しい聖書クイズがあります。

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